1983 菊地陽子(きくちようこ)について

1983 菊地陽子(きくちようこ)について
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菊地陽子(きくちようこ)=本名:同じ は、1967年10月28日生まれの青森県八戸市出身。

特技は、電子オルガン・スケート・新体操

15歳のころ

1982年、15歳のころ、ミス・セブンティーンコンテストでTBS賞を受賞、そのまま上京して、ニューバンブー音楽事務所に所属。

16歳のころ

堀越学園に通いながら、1983年5月21日デビューシングル”風色タッチ”を発売。

あいにくヒットはしなかったが、同年6月14日~翌年10月11日までNHK少年ドラマシリーズ『だから青春泣き虫甲子園』のヒロイン「園田夏子」役を演じ、

同年8月25日の夏の終わりに、2ndシングル”ねがわくば…Kiス”を発売するも、こちらもヒットには至らなかった。

それでも、当時はいろいろな雑誌に登場して、笑顔を振りまいている。

当時はいろいろな雑誌に登場して、笑顔を振りまいている。

所属事務所の倒産から移籍を余儀なくされ、なかなか歌手活動では思うようにファンを広げられなかった菊地陽子。

それでも、女優としては翌年1984年に『太陽にほえろ!』第601回、『青い瞳の聖ライフ』、1985年に『家政婦は見た!3』『スケバン刑事』1986年に『悪女志願』、金曜ドラマ『深夜にようこそ』、『私鉄沿線97分署』『下町三人娘』『セーラー服反逆同盟』、1987年『ねらわれた学園』1988年『水戸黄門 第18部』 1990年『大岡越前 第11部』『八百八町夢日記』『あばれ八州御用旅』『神谷玄次郎捕物控』、1991年には『銭型平次』『華の誓い』『噺家カミサン繁盛記』『白馬岳殺意の峰』『さすらい刑事旅情編IV』、1992年には『暴れん坊将軍IV』『パパと呼ばせて!』、1993年『夜の街殺人物語』

と、端役ながら、芸能活動を続けていたことがわかる。

26歳のころ

1993年、菊地陽子がよく通っていた渋谷のレコード店で、アルバイト勤務をしていた関美彦と意気投合し、音楽グループ「バター・フィールド」を結成することとなる。

バターフィールド(BUTTER FIELD)は、当時、菊地陽子が好きだったレトロ感のある飲食店から名づけられた。

1995年3月20日の原宿クロコダイルで、念願の初ライブ。10月25日には、4曲入りのファーストミニアルバム『Early Autumn』をインディーレーベル「POR SUPUESTO」より発売した。

フォーキーでアコースティックな90年代のAORとして売り出された。その歌手活動が縁で、ラジオ番組のDJになったりと、彼女も活動を活発。

1996年にメジャーデビューとなり東芝EMIから発売されたコンピレーションアルバム『Sweet Than Suite』に”横顔”という楽曲が収録された。

しかし、そのあとまた、東芝のインディに戻り、イーストウェストとメディアレモラスというメジャーレーベルから誘いを受けたが、一方は倒産とトラブルが続いた。

1996年ころには既にバターフィールドは上手くいっていなかったようで解散。

この年の秋に、菊地陽子は入院。

数年間の闘病生活のあと、1999年12月、32歳の若さで亡くなった。

彼女の人生の後半が、ふたたび音楽の世界へ導かれたのは、菊地陽子きっての望みがそうさせたのだろう。

出典:cookieの雑記帳

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菊地陽子(きくちようこ)についてのディスコグラフィ

 菊地陽子(きくちようこ)のシングル(EP)

菊地陽子(きくちようこ)のシングル(EP)
  1. 風色タッチ / 第3キープ (1983年5月21日)
  2. ねがわくば…KIス / 恋のチャンスでつかまえて (1983年8月25日)

バターフィールド(BUTTER FIELD)名義

バターフィールド(BUTTER FIELD)名義
  1. 『EARLY AUTUMN』(1995年10月25日)
  2. V.A.『Sweet Than Suite』”横顔”

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