1968 ザ・ハプニングス・フォー – マジカル・ハプニングス・ツアー

1968 ザ・ハプニングス・フォー - マジカル・ハプニングス・ツアー
評価投稿数: 0
0

ザ・ハプニングス・フォー(Happenings Four)の歴史は、重要である。たとえ、彼らのグループサウンズ・シーンへの貢献が残念な結末を迎えたとしてもだ。彼らは、GSサウンズに何か新しいものを持ち込もうとした、レアなグループの1つである。

彼らは、もともと1964年に「サンライズ(Sunrise)」という名前の5人組としてオルガンのクニ河内(KuniKawachi)とパーカッションのチト河内(Chito Kawachi)の兄弟をメインに結成された。「サンライズ」は、ラテンをベースにしたロックで、他にベースのペペ吉弘(Pepe Yoshihiro)、パーカッションのペドロ上村(Pedoro Umemura)、ギタリストの里見洋(Hiroshi Satomi)のメンバーで福岡で結成された。

ミッキー・カーチス(Mickey Curtis)が彼らを1966年に発掘し、東京に連れてきて、そこでマネージメント会社のアスカ・プロと契約を締結。

ヴォーカルでコンガ奏者のトメ北川(Tome Kitagawa)が加入する。彼らはナイトクラブやキャバレーなどで演奏を展開。

1967年にはギタリストの里見洋が去り、彼は「里見洋と一番星」(‘The First Star’)を結成。河内兄弟は、パーカッションの梅村を辞めさせ、バンド名をザ・ハプニング・フォーに変更。

渡辺プロと契約を交わし、ギタリストのない珍しいバンドとしてたちまち名前を知られるようになる。

デビューシングルの売り上げは、そこそこだったものの彼らの素晴らしいジャケットのデザインが目に留まる。これは著名な横尾忠則(Tadanori Yokoo)の作品である。

1968年には、2枚目のシングル”君の瞳を見つめて (Looking Into Your Eyes)”、そして3枚目のミッキー・カーチスに触発された”アリゲーター・ブーガルー”と続き、売り上げは前作を上回った。

ハプニング・フォーは、その年、1stアルバムとなる2つ折りの豪華装丁の『マジカル・ハプニングス・ツアー』を発表。

彼らはそのジャケットで、着物を着て髪の毛を団子にした昔の日本人の典型的な風貌で、1万円札が描かれた中にうつっている。

1969年初期、クニ河内は、イギリスの「ソフト・マシーン(Soft Machine)」などをカバーした2ndアルバム『クラシカル・エレガンス バロック&ロール』をリリース。

当アルバムは、「ビートルズ(Beatles)」、「サイモン&ガーファンクル(Simon & Garfunkel)」などのカバーを含み、アルバムジャケットには、想像上の田園風景が広がり、ピンクの衣装を着たジェイソン・キング・スタイルのシェパード・グルーバーが、古い木の根元に腰かけ静かに羊の放牧地を眺めているというものである。

1969年後半、河内はキーボード奏者およびヴォーカリストとして篠原信彦(Nobuhiko Shinohara)を迎え入れ、プログレッシブに力を入れハプニング・フォー+1と名乗る。バンドは1972年に解散、河内はコマーシャルや「ラブ・リブ・ライフ+1」プロジェクトなどの活動に力を入れる。

また、「フラワー・トラベリングバンド」(Flower Travelling Band)とともに、『切狂言』(KIRIKYOGEN)を発表する。

出典:Small Town Pleasures

【曲目】

1. ハプニングス・テーマ
2. マジカル・ミステリー・トゥアー
3. アリゲーター・ブーガルー
4. 男と女
5. 東京・ブーガルー
6. ザ・ジョーカー
7. 君の瞳を見つめて
8. デイ・トリッパー
9. ホリデー
10. サニーは恋人
11. すてきなブーガルー
12. スター・コレクター
13. あなたが欲しい

1968 ザ・ハプニングス・フォー – マジカル・ハプニングス・ツアーの口コミ

感想を追加する


Submit your review
*必須項目です

1968 ザ・ハプニングス・フォー – マジカル・ハプニングス・ツアーのメンバー

クニ河内(キーボード、ピアノ、ボーカル)
チト河内(ドラムス、ボーカル)
トメ北川(ボーカル、パーカッション)
篠原信彦(キーボード、ボーカル)

関連記事とアーティスト

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう

感想を追加する


Submit your review
*必須項目です

関連記事

関連記事がありません。