1974~1975 ドレミファンについて

1974~1975 ドレミファンについて
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ドレミファンは、1954年11月13日生まれで東京出身の丸尾美津子(キャスパー)と、1955年4月1日生まれで栃木県出身の稲見美智子(ハニー)と、1955年7月13日生まれで東京出身の石井薫子(ララ)、1955年2月15日生まれで東京出身の柴田真知子(レオ)による4人組女性グループだ。

デビューシングル”わたし半人前”が、1974年6月1日に発売された時点で、丸尾美津子が19歳、稲見美智子が19歳、石井薫子が18歳、柴田真知子が19歳であった。

もとモデルが集まった4人組ということで、すでに、デビューした時点で男性誌などで、かなりきわどい水着姿の彼女たち(ドレミファン)が、確認できて、どれもかなりセクシーで大人のフェロモンが漂っている。

ドレミファン

よって、今でいうグラビアアイドルの集合体がドレミファンということになる。

1stシングル”わたし半人前”は、作詞・作曲が浜口庫之助で、1970年代前半の明るいホンワカムードがオーケストレーションもよいアレンジだ。♪わたし半人前、あなた半人前、二人合わせてやっと一人前になるってことね~ と歌う、なかなか哲学的な歌詞も興味深い。オリジナルは渚まゆみ。

B面は”ノックは無用”で、作詞:阿久悠、作曲:鈴木邦彦で、こちらもオーケストレーションが暴走して、特撮ヒーローもの並みに激走している。こちらは大信田礼子がオリジナル。

翌1975年2月21日発売された、2ndにしてラストシングル”宝石泥棒”。

作詞:石坂まさを、作曲:あかのたちおで、♪愛は女の宝石~ と歌う、時代的にソウル・ディスコの影響を受けたサウンドで、「ア~ン」とタメ息もまじって、和田アキコなんかが好んだサウンドだ。

B面”わたしの冒険”は、A面と同じライティングチームで、三拍子のワルツなのだが歌詞がフィナーレを予感する言葉や、過去を振り返る内容があるので、

売れなかった彼女たちの、このシングルが、ドレミファンの旅立ち(解散)になることは、当人たちもわかっていたかもしれない。

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1974~1975 ドレミファンのディスコグラフィ

ドレミファンのシングル(EP)

ドレミファンのシングル(EP)
  1. わたし半人前 / ノックは無用  (1974年6月1日)
  2. 宝石泥棒 / わたしの冒険  (1975年2月21日)

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