1973 里美ゆり について

1973 里美ゆり について
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里美ゆり(さとみゆり)= 本名:中武百合子は、1955年6月11日生まれで、宮崎県西都市出身の女性歌手。

16歳~17歳

1971年、宮崎市立宮崎女子高2年生のころ、作曲家である鳴海利之氏を師事し、上京。

スウェーデンセンターにて、踊りと歌のレッスンに励み

同年、川口礼子の芸名で”おもいで”という楽曲でコロムビアレコードからデビューしたが、泣かず飛ばず。

18歳~19歳

続いて、1973年に「里美えり」と改名しRCAレコードより、1stシングル”秋のささやき”、2ndシングル”わたしの秘密”、1974年には、3rdシングル”恋人はひとつ下”を発売したが、

大ヒットには結びつかず、その後フラワーショップというグループに加入したという情報があるが、未確認である。

里美ゆり(さとみゆり)は、どんな歌手?

里美ゆりとして、1973年にデビューしたシングル”秋のささやき”は、

オールディーズ調の旅情ソングで、

♪汽車が~ 汽車が~ というリフレインの歌詞が、脳内でシュッポシュッポと機関車に乗っているようなイメージを持たせる軽快なテンポで歌われるナンバーで、

高温が伸び、上品さがある里美ゆりの歌い方は、好感が持てる。

中国放送のラジオ局のベストテンに入っていたという情報もあり、作詞が千家和也氏が担当している。

運よく、1973年8月20日の第251回『夜のヒットスタジオ』にも、この楽曲で出演しているが、映像は残っていない。

改名後の2ndシングル”わたしの秘密”も、バックサウンドはロックンロールリバイバルでギターも爽快の青春ソング。

1970年代中期くらいに、清楚ではなく気の強いヤンキー・不良のイメージで活躍する里美ゆりも見てみたかった。

ラストシングル”恋人はひとつ下”は、キャンディーズの”年下の男の子”が大ヒットしたから、便乗だろ~

とツッコミたくなるが、実は作詞は、キャンディーズと同じ千家和也氏で、しかもキャンディーズは1975年2月21日にシングル発売しているので、

1974年の里美ゆり”恋人はひとつ下”のほうが、リリースは早いのである。

歌詞の内容も、キャンディーズの”年下の男の子”とかなり近いので、この布石がキャンディーズのヒット曲へとつながったと想像するとおもしろい。

最後に、彼女のジャケットに登場する『青いトマトの誕生!!』というキャッチフレーズはかなりインパクト大だ。

改名後の2ndシングルでもタイトルの下に、青いトマトがしっかりと写っている。

アナタの応援で、わたしを大スター(赤く実ったトマト)にして!という願いがこめられていたのだろうか?

シングル3枚であっさりと、身を引くのは残念ではあるが、逆に潔さに感服する。

その後、フラワーショップという男女デュオとして、再デビューしていることがわかった。

情報元:ルチ将軍さん

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里美ゆり(さとみゆり)のディスコグラフィ

里美ゆり時代

川口礼子時代

A. おもいで  B. 目かくしはいらない (1971)

里美ゆり時代

  1.  秋のささやき / 大人になる日 (1973)
  2. わたしの秘密 / よそみした愛  (1973)
  3. 恋人はひとつ下 / 愛はゆりがご (1974)

フラワーショップ時代

フラワーショップ時代
  1. 私をゆるして / 北向きの部屋

画像提供:ルチ将軍さん

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