リタ・ローザ(Lita Roza)について【イギリス】

リタ・ローザ(Lita Roza)
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イギリスの女性歌手「リタ・ローザ(Lita Roza)」は、1950年代に人気の絶頂期を迎え、1953年のチャートトップ曲“(How much is) that doggie in the window”で最も有名である。

時代が進むと共に、ビッグバンドブームが去り、ロックンロールブームがやって来た。リタは自分のスタイルを変えることを拒んだので、作品は減っていった。しかし1960年代にスタジオへと戻り、新しく素晴らしい作品をいくつかレコーディングした。

1960~1970年代イギリスの女性歌手

リタ・ローザ(Lita Roza)のバイオグラフィ

リタ・ローザは、1926年3月14日、本名リリアン・パトリシア・リタ・ローザ(Lilian Patricia Lita Roza)として、リバプール(Liverpool)に生まれる。

1944年 17歳~18歳のころ

1944年にアメリカの軍人と結婚し、マイアミ(Miami)に住み、グループ「Buddi Satan Trio」と共にクラブ「Sky Club」で歌っていた。

1950年 23歳~24歳のころ

離婚をし、1950年にイギリスへ戻り、伝説的なバンドリーダーのテッド・ヘルス(Ted Heath)とのオーディションに成功した。

バンドの男性ボーカリストのディッキー・バレンタイン(Dickie Valentine)とデニス・ロティス(Dennis Lotis)と共に活動し、彼女たち3人は当時のポップアイドルとなった。

1952年 25歳~26歳のころ

リタ・ローザは1952年から54年まで続けて、音楽雑誌『NME』の世論調査で、イギリスのトップ女性歌手に投票された。

1953年 26歳~27歳のころ

アメリカでパティ・ペイジ(Patti Page)が歌って人気となった目新しい曲、“(How much is) that doggie in the window”を歌うよう提案があった。

リタはこの歌が大嫌いだったので、レコーディングの時にしか歌わないと誓った。皮肉なことにこの曲は、1953年3月にナンバーワンとなったが、彼女は自分との誓いを守り、二度とこの曲を歌うことはなかった。

1954年 27歳~28歳のころ

リタ・ローザは1954年、バンドを去りソロ活動を始めた。

情熱的でエキゾチックな外見と、しなやかで美しいステージ衣装の彼女は、一流で洗練されていた。

しかし、ドリス・デイ(Doris Day)のアメリカヒット曲のカバー“Jimmy unknown”や、ミュージカル『Pyjama game』の“Hey there”など、レコード会社「Decca」からの作品は、その質の高さにも関わらず、再びチャートトップとなることはできなかった。

その後、アルマ・コーガン(Alma Cogan,)、ルビー・マレー(Ruby Murray)、ジョアン・リーガン(Joan Regan)といった新しい女性歌手たちの波が、イギリスのポップスチャートを支配するようになった。

リタのスタイルは、もはや時代遅れだった。人気の音楽は、時代と共に完全に変わってしまった。

1958年 31歳~32歳のころ

1958年、レコード会社「Pye」へ移り、“It’s a boy”など8枚のシングルと、アルバム『Me on a carousel』を発売した。

1960年 33歳~33歳のころ

1960年、「Pye」からの2枚目で最後となるアルバム『Drinka Lita Roza day』を発売した。

このタイトルは、当時のスローガン「drinka pinta milk a day(1日1パイントのミルクを飲もう)」から取ったものだ。このアルバムは、ロンドンのイーストエンド(East End)のワッピング(Wapping)地区にあるパブ「Prospect of Whitby」でライブでレコーディングされたもので、最近ではリタファンからだけでなくジャズファンからも人気の、コレクターズアイテムとなっている。

1963年 36歳~37歳のころ

それからしばらくリリースを行わない期間を経て、1963年にジェファリー・クルーガー(Jeffrey Kruger)のレコード会社「Ember」と契約を結び、ルース・ブラウン(Ruth Brown)の素晴らしいカバー“Mama (he treats your daughter mean)”を、B面にジョン・D・ラウダーミルク(John D Loudermilk)作曲で、コニー・フランシス(Connie Francis)がアメリカでシングルとして発売した“(He’s my) dreamboat”を収録して発売した。

このA面曲はリタの普段のスタイルとは全く違ったもので、また彼女が好きなスタイルでもなかった。

「あれはただの騒音だわ。一体なんであんなものをレコーディングしたのかしら?」と彼女は後に語った。

1963年に「Ember」から発売されたアルバム『Love songs for night people』には、“Misty”や“Tenderly”が収録されている。

1965年 38歳~39歳のころ

1965年、レコード会社「EMI」の「Columbia」に移り、“What am I supposed to do”とB面の“Where do I go from here”、“Keep watch over him”とB面の“Stranger things have happened”を発売した。

4曲とも、ダスティ・スプリングフイールド(Dusty Springfield)の数々のヒットの立役者である、アイヴォー・レイモンド(Ivor Raymonde)による編曲、監督だった。

1966年 39歳~40歳のころ

翌年、「Deccaレコード」のスタジオへと戻り、1曲だけ、ブロードウェイミュージカル『Wait a minim!』からの“Johnny soldier”と、B面の“Could be”をレコーディングした。これはイギリスでは日の目を浴びることはなかったが、アメリカのレコード会社「London」から発売された。

レコード契約を無くした彼女は、ラジオやテレビでのゲスト出演に活動を集中し、『Juke box jury』などの番組に出演したり、生活費を稼ぐために、イギリスや外国のキャバレーに出演した。

彼女はイメージを変え、“Goin’ out of my head”、“Sunny”、“What a difference a day made”、ペトゥラ・クラーク(Petula Clark)の“Call me”、シラ・ブラック(Cilla Black)の“It’s for you”といったような曲も歌った。これらの曲は、彼女の以前の「夜遅くに聴く」アルバムに続く作品となったことだろう。

その後…

1980年代と90年代、リタは自身のルーツに戻った。レン・フィリップス(Len Phillips)とテッド・ヘルスのバンドで、ドン・ラッシャー(Don Lusher)がフロントを務めるバンドのボーカリストとして活動した。

ナンバーワンヒットを持つ初めてのイギリスの女性であるということに加え、彼女は栄誉を手にした初めてのリバプール出身歌手でもあった。

2001年、マシュー・ストリート(Matthew Street)での「wall of fame(名声の壁)」のオープンに招待された。この壁には、チャートのトップスポットに達したリバプール出身のアーティストやグループの、全ディスクが載せられている。

翌年、劇場「Empire」で最後のパフォーマンスを行うことを決めた。そこは子供の頃、彼女がパントマイムで初めて舞台に立った場所だった。たくさんの曲の中で、「ビートルズ(Beatles)」のヒット曲“Can’t buy me love”を見事に歌い上げた。

彼女がこの世を去る直前、レコード会社「Acrobat」から2枚組CD『Love songs for night people』が発売された。「Ember」での作品も収録され、ボーナストラックとして“Mama (he treats your daughter mean)”と“(He’s my) dreamboat”の別テイクバージョンも、1950年代の「Decca」からの最高の作品のセレクションと共に収録されている。

リタ・ローザは、2008年8月14日、82歳でこの世を去った。

出典:Ready Steady Girls

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リタ・ローザ(Lita Roza)のディスコグラフィ

リタ・ローザ(Lita Roza)のシングル(EP)

リタ・ローザ(Lita Roza)のシングル(EP)
  1. High Noon ‎(Shellac, 10″) 1951
  2. High Noon ‎(7″, Single) 1951
  3. Tears/ Take Care Of Yourself ‎(Shellac, 10″)  1952
  4. (How Much Is) That Doggie In The Window ‎(Shellac, 10″)  1952
  5. Lita Roza And The Johnston Brothers – Tell Me Where The Good Times Are ‎(Shellac, 10″)  1953
  6. (Poor Little Robin) Walkin’ To Missouri/ Half As Much ‎(Shellac, 10″)  1953
  7. Joey/ Idle Gossip ‎(Shellac, 10″)   1954
  8. Ebb Tide / I Was A Fool In Love ‎(Shellac, 10″)  1954
  9. Changing Partners ‎(Shellac, 10″)  1954
  10. Foolishly / Tomorrow  1955
  11. Let Me Go, Lover ! ‎(7″, Single)  1955
  12. Leave Me Alone (“Le Grisbi”) ‎(7″, Single)  1955
  13. Innismore/No Time For Tears ‎(7″, Single) 1955
  14. Lita Roza With Al Timothy And His Band – Two Hearts, Two Kisses (Make One Love)/ Keep Me In Mind ‎(Shellac, 10″)   1955
  15. The Rose Tatoo / Jimmy Unknown  1956
  16. Love;ly Lita Roza Sings, Vol. 1 ‎(7″, EP)  1956
  17. Lita Roza ‎(7″, EP)  1956
  18. Lita Roza With Bob Sharples And His Music – No Time For Tears/ But Love Me (Love But Me) ‎(Shellac, 10″)  1956
  19. Lovely Lita Roza Sings, Vol. 2 ‎(7″, EP)  1956
  20. It’s A Boy   1958
  21. You’re The Greatest / I Need Somebody ‎(7″, Single)   1958
  22. Ha-Ha-Ha! ‎(7″)  1958
  23. Hillside In Scotland ‎(7″, Single)  1958
  24. I Could Have Danced ‎(7″)   1958
  25. Allentown Jail    1958
  26. This Is My Town ‎(7″)  1959
  27. Mama ‎(7″, Single)  1962
  28. Keep Watch Over Him ‎(7″)   1965
  29. What Am I Supposed To Do ‎(7″)  1965

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