ペトゥラ・クラーク(Petula Clark)について【イギリス】

ペトゥラ・クラーク(Petula Clark)について【イギリス】
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英国女性歌手「ペトゥラ・クラーク(Petula Clark)」は、1960年代のイギリスの最も大きな輸出品のひとつで、母国でよりもしばしば、フランスやアメリカで人気があった。彼女は、ビートブームに生き残った数少ない歌手のひとりだ。それは1964年の大ヒットでキャリアを再構築させた曲、“Downtown”のおかげである。

1960~1970年代イギリスの女性歌手

ペトゥラ・クラーク(Petula Clark)のバイオグラフィ

ペトゥラ・クラークは、1932年11月15日、本名サリー・クラーク(Sally Clark)として、ロンドン(London)近郊のサリー州(Surrey)イーウェル(Ewell)に生まれる。

幼い頃からペトゥラと呼ばれていた彼女は子役スターとなり、頻繁にラジオに出演し、テレビや映画のコンサートで軍隊のために―しばしば船員たちを波止場で迎えるために―パフォーマンスをしていた。

1951年 18歳~19歳のころ

1951年、その年のテレビパーソナリティーを受賞し、1950年代にイギリスで数々のヒットを出すこととなる。

1957年 24歳~25歳のころ

ペトゥラ・クラークは、1957年後半、パリ(Paris)の劇場「Olympia」に出演した後、ロンドンのレコード会社「Pye」と関連のある「Vogueレコード」から、フランス語の曲を歌うよう招待を受けた。

そこで彼女は、フランス人の広報係クロード・ウルフ(Claude Wolff)と出会った。

1961年 28歳~29歳のころ

ペトゥラ・クラークとクロード・ウルフは、1961年6月に結婚することとなる。

彼女はフランス語でのレコーディングを始め、その後、ドイツ語、イタリア語、スペイン語でもレコーディングを行った。単語の発音を学び、大きな成功を手に入れた。

1961年2月、“Sailor”が初めてイギリスチャートトップとなり、その後もさらにたくさんのヒットが続いた。“Romeo”や、“My friend the sea”、そして驚くことに、フランス語の“Ya ya twist”などだ。

1963年 30歳~31歳のころ

しかし、1963年にイギリスにビートルズによるビートブームが到来し、ペトゥラは母国では過去の人と考えられるようになった。

彼女はヨーロッパの他の国々、特にフランスでとても人気があったので、イギリス市場向けのレコーディングを諦める瀬戸際にいた。しかし、“Downtown ”をオファーされたことで、彼女の運命が変わることとなった。

この曲の作者であるトニー・ハッチ(Tony Hatch)は、この曲はアメリカのグループに合うと考えたので、当初「ドリフターズ(The Drifters)」にオファーしようとしていたが、当時ペトゥラが住んでいたパリへの旅行の際に、彼女にこの曲の未完成バージョンを演奏することになったのだと言っている。

これを気に入ったペトゥラ・クラークは、早く完成させてほしいと急かした。

ちなみにこの曲は、レコーディングする直前に、「Pyeレコード」のスタジオのトイレで完成した。もしペトゥラに急かされていなかったら、この曲は完成しないままだったかもしれないと彼は言う。

1964年 31歳~32歳のころ

1964年11月に、ペトゥラのイギリスでの次のシングルとして発売され、イギリスチャートで2位となった。ちなみにトップは「ビートルズ(Beatles)」だった。

1965年 32歳~33歳のころ

アメリカらしいタイトルだったので、もちろんアメリカでも発売され、1965年1月にチャートトップとなり、ペトゥラにグラミー賞をもたらした。

イギリスでは、似たようなサウンドの“I know a place”がチャートトップ20入りしたが、これはアメリカでビッグヒットとなり、再びグラミー賞を手にした。ちなみに彼女はその後、さらに8回グラミー賞にノミネートされることになる。

ペトゥラ・クラークはラスベガス(Las Vegas)で主役を張るようになり(彼女は初めて100万ドルを支払われた女性シンガーだ)、また頻繁にアメリカのテレビにも出演した。

必然的にイギリスでのプロモーション活動の時間はなくなり、おそらくそれが、アメリカでのヒット曲、“You’d better come”や“Round every corner”が、イギリスでヒットしなかった理由だろう。

ペトゥラは1950年代中期から自身で曲を書いていた。

ちなみに彼女の初期の作品は、父親の名前レスリー・クラーク(Leslie Clark)で発売されていたが、後期の作品では時々、ペンネームのアル・グラント(Al Grant)という名前が使われた。

多くのフランス語ヒット曲は彼女自身の作曲だが、彼女の作曲能力はしばしば見過ごされている。アメリカのポップスグループ「Vogues」が、ペトゥラとトニー・ハッチが共同作曲した“You’re the one”をカバーし、それがアメリカで3位となりゴールデンディスクを受賞した時、「Pye」はLP『The new Petula Clark album』から、この曲のペトゥラのオリジナルバージョンをシングルカットすることに決めた。

しかしこれは、イギリスでトップ20入りを惜しくも逃した。

B面の“Gotta tell the world”は、ペトゥラが評価の高いフランスの詩人ピエール・デラノー(Pierre Delanoë)と共に書いたフランス語の曲“Donne-moi des fleurs”の英語版で、こちらのほうがおそらく、A面にふさわしかっただろう。

ちなみにアルバムには、クラシックな“Call me”のオリジナルも収録されているが、これをペトゥラがシングルとして発売することはなかった。

1966年 33歳~34歳のころ

しかし次のシングルで、彼女はチャート上での地位を再確立することになる。

1966年2月に発売された“My love”は、イギリスで3位、そしてアメリカでは再びトップとなった。この曲は、ペトゥラの次のシングルとしてハッチが書いた“The life and soul of the party”の歌詞が、重要な市場であるアメリカでは意味を持たないと気付き、アメリカへのフライトの間にハッチが慌てて書いたものだ。

続く“A sign of the times”は、イギリスではチャートトップ40入りを逃したが、アメリカでは最大ヒットのひとつとなった。この曲は後に、イギリスのノーザンソウルダンスシーンで人気となる。

2か月後に発売された“I couldn’t live without your love”は、イギリスでもアメリカでもビッグヒットに。

これは作曲者として、ハッチと彼の将来の(2番目の)妻となる、歌手ジャッキー・トレント(Jackie Trent)の2人の名前が載った、ペトゥラの最初のシングルだ。ペトゥラとジャッキーは、少なくとも初めの頃は、良い関係ではなかった。

ペトゥラとハッチの最初の妻が、良い友人だったからだ。

しかしふたりは最終的に友人となり、その関係は現在も続いているが、ペトゥラの夫のクロードとジャッキーの関係がうまくいかなかったことが問題だった。

クロードは、ジャッキーの洗練されていないユーモアが好きではなく、ペトゥラにジャッキーの歌詞をレコーディングしてほしくなかったのだ。しかし、ジャッキーがペトゥラにこの曲(元々ジャッキー自身のシングルに予定されていた)をプレゼントした後、ジャッキーの名前が載るようになり、さらにジャッキーはペトゥラのために数曲を書いた。

続くイギリスでのシングル“Who am I?”と“Colour my world”も、ハッチとトレントによる作曲だったが、イギリスではチャート入りを逃した。しかし、アメリカや他の国ではビッグヒットとなった。

1967年 34歳~35歳のころ

1967年は、ペトゥラ・クラークのキャリアのターニングポイントとなった。

“This is my song”が爆発的ヒットとなったのだ。

これは、チャーリー・チャップリン(Charlie Chaplin)が映画『The countess from Hong Kong』のために書いたもので、ペトゥラはこのオリジナルの、いくらか流行遅れの英語詞でレコーディングすることに気が進まなかったが、チャップリンは歌詞を変えるべきではないと主張した。

彼女はこの曲を、伝説的なプロデューサー、ソニー・バーク(Sonny Burke)に強く勧められてレコーディングし、最終的にはフランス語、ドイツ語、イタリア語バージョンのレコーディングも行った。

この曲は、1967年2月にイギリスチャートトップとなり、アメリカでは記録的なヒットとなった。

しかし、この成功には高い代償を支払わなければならなかった。この曲は中間派スタイルだったので、若い世代は離れて行ってしまったのだ。

彼女は当時30代半ばで、テレビ局「BBC」のエンターテインメント番組に主演していたが、多くの人々にとって、彼女はかっこよくない、と確信させるだけだった。「イージーリスニング」のレッテルが、この時から貼られることになった。

次のシングル“Don’t sleep in the subway”は、再びアメリカ市場を正面から狙った作品だ。これはイギリスで12位となり、アメリカではまたもトップ5入りした。

イギリスでは、続いて“The cat in the window”が失敗に終わったが、アメリカではまたしてもヒットとなった。これは、アメリカのグループ「Turtles」のための企業内チーム、ゴードン(Gordon)とボナー(Bonner)による作曲だ。

その後、1967年12月に発売された“The other man’s grass”は、トップ20に留まったが、それでもちょっとした一流品だと考えられるようになった。

しかし残念ながら、これが彼女にとって1960年代最後のイギリスヒットとなった。

続くシングル“Kiss me goodbye”(レス・リード(Les Reed)とバリー・メイソン(Barry Mason)作曲)、“Don’t give up”、“I wanna sing with your band”、“Happy heart”、“Look at mine”、“No one better than you”はすべて、イギリスで以前のような栄光を掴むことはできなかった。しかし、このうちのいくつかは別の国でヒットとなった。

1968年 35歳~36歳のころ

ペトゥラ・クラークは女優活動へ戻り、1968年の映画『Finian’s rainbow』に、フレッド・アステア(Fred Astaire)の相手役として主演した。ちなみにこの役で、ゴールデングローブ賞にノミネートされた。そしてその翌年、『Goodbye, Mr Chips』にピーター・オトゥール(Peter O’Toole)と共に主演した。

1970年代、その後…

1970年代もレコーディング活動を続けテレビにも出演したが、最終的には活動を減らし、家庭へと専念した。

「UNICEF」での仕事により公の場には出続けたが、カナダでは時々チャートへ返り咲き、アメリカでは1981年に“Natural love”が、カントリー&ウエスタンヒットとなった。

1980年代には、ロンドンのウエスト・エンド(West End)でのミュージカル舞台『The sound of music』に主演し、“Downtown”のリミックスでイギリスチャートに返り咲いた。フェイ・ウェルドン(Fay Weldon)とディー・シップマン(Dee Shipman)と共に、ウエスト・エンドのショー『Someone like you』を共同制作し、主演を務めた。

1990年代、ブロードウェイや、アメリカツアー作品のミュージカル『Blood brothers』、イギリスのウエスト・エンド、アメリカのツアー舞台『Sunset Boulevard』に主演した。

1998年、女王から「CBE(Commander of the British Empire:英帝国勲爵士)」を授与され、2007年から8年には、彼女を「デイム(大英勲章第1位および第2位を授与された女性に対する尊称)」にしてほしいという請願があった。

出典:Ready Steady Girls

ペトゥラ・クラーク(Petula Clark)の口コミ

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ペトゥラ・クラーク(Petula Clark)のディスコグラフィ

ペトゥラ・クラーク(Petula Clark)のアルバム(LP)

ペトゥラ・クラーク(Petula Clark)のアルバム(LP)
  1. Petula Clark Sings  1955
  2.  A Date With Pet ‎  1956
  3. You Are My Lucky Star    1957
  4. Petula Clark À Musicorama  1958
  5. Petula Clark In Hollywood   1959
  6. Pet Clark   1959
  7. Prends Mon Cœur ‎ 1960
  8. Tête À Tête Avec  1961
  9. Petula Clark Accompagnée Par Peter Knight, Ses Chœurs Et Son Orchestre – Rendez-vous Avec Petula Clark   1962
  10. Hello Paris   1962
  11. Petula   1962
  12. In Other Words ‎  1962
  13. Petula Clark Accompagnée Par Peter Knight, Ses Chœurs et Son Orchestre – Rendez-vous Avec Petula Clark 1962
  14. Petula Clark   1963
  15. Ceux Qui Ont Un Coeur (Anyone Who Had A Heart) 1963
  16. Petula Au Canada    1964
  17. Petula Clark ‎ 1964
  18. In Love   1965
  19. Petula 65    1964
  20. Hello Paris Vol. 1   1965
  21. The New Petula Clark Album    1965
  22. Petula Clark    1964
  23. Downtown   1965
  24. Petula Clark Sings The International Hits   1965
  25. 66    1966
  26. My Love   1966
  27. I Couldn’t Live Without Your Love   1966
  28. Colour My World   1967
  29. These Are My Songs   1967
  30. A Paris   1967
  31. C’est Ma Chanson  1967
  32. Petula Italiana  1967
  33. Petula   1968
  34. Don’t Give Up · Kiss Me Goodbye  1968
  35. Fred Astaire, Petula Clark – Finian’s Rainbow (Original Motion Picture Soundtrack)  1968
  36. The Other Man’s Grass Is Always Greener   1968
  37. Portrait Of Petula    1969
  38. Just Pet  1969
  39. Petula Clark  1969
  40. Just Pet  1969
  41. Memphis   1970
  42. C’est Le Refrain De Ma Vie  1970
  43. Petula ’71  1971
  44. Warm And Tender  1971
  45. Now 1972
  46. Comme Une Prière   1972
  47. La Chanson De Marie-Madeleine  1972
  48. Live At The Royal Albert Hall  1972
  49. Warm & Tender ‎ 1972
  50. Live In London   1974
  51. Come On Home  1974
  52. I’m The Woman You Need  1975
  53. Petula Clark 1976
  54. Petula Clark  1977
  55. Destiny 1978
  56. An Hour in Concert with Petula Clark & The London Philharmonic Orchestra 1983
  57. Downtown ’88 1989
  58. Jack Lantier, Jean Lumière, Le Petit Chœur Du Collège De Montreux, Petula Clark, Pierre Segond, Sidney Bechet, Les Petits Chanteurs De Saint-Laurent, John Cartwright, Mezz Mezzrow, Les Chanteurs De Saint-Eustache, Alain Vanzo – JOYEUX NOEL ‎1989
  59. The Best Of Petula Clark Vol. 1   1990
  60. Marti Webb, Brian Blessed, Petula Clark, Paul Jones, Topol & Howard Keel – Magic From The Musicals  1991
  61. Petula Clark and The London Philharmonic Orchestra – In Concert With Petula Clark  1991
  62. Live At The Copacabana 1993
  63. Downtown  2000
  64. Leslie Bricusse, Petula Clark, Peter O’Toole , John Williams   – Goodbye, Mr Chips  2006
  65. Petula 2012
  66. Lost In You   2013
  67. From Now On   2016
  68. Down Town ‎ 発売日不明
  69. Volta Ao Mundo Com Petula Clark 発売日不明
  70. Downtown ‎  発売日不明

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