バーバラ・ラスキン(Barbara Ruskin)について【イギリス】

バーバラ・ラスキン(Barbara Ruskin)について【イギリス】
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バーバラ・ラスキン(Barbara Ruskin)という名を知っている人は、現在ではほとんどいないだろう。

しかし、1960年代のイギリスで彼女は、数少ない女性シンガーソングライターのひとりだった。

彼女は1965年から72年にかけて多くの素晴らしいシングルをリリースし、またラジオ局「BBC」の番組を共同制作していた。

バーバラ・ラスキン(Barbara Ruskin)の生い立ち

バーバラ・ラスキンは、1948年にロンドン東部のイースト・ハム(East Ham)で生まれ、中等学校に入学する前に北部のストーク・ニューイントン(Stoke Newington)へと移った。

父親は彼女がまだ若い頃に亡くなり、これにより、ロンドン中部のデンマークストリート(Denmark Street)にある音楽出版社「Lawrence Wright」で働いていた母親は、娘に自分の音楽への愛を引き継ぐよう勧め、初めてのギターを買い与えた。

バーバラは独学でギターを習い、すぐに作曲を始める。

10代前半の頃、彼女はグループ「ディメンションズ(The Demensions)」=後の「ジミー・パウエルとディメンションズ(Jimmy Powell and the Dimensions)に参加し、この業界での初めての経験を得た。

それまでの長い間は、空いた時間に結婚式やユースクラブにおいて、パフォーマンスを行っていた。

バーバラ・ラスキン自身の曲を試すため、彼女はデモテープを音楽出版社へ送り始めるが、断られ続け、ついには、ロンドンのデンマークストリート(Denmark Street)で、ギターを担いで曲を売り歩いたりもした。

1964年

この努力が報われ、1964年、彼女自身が驚いたことに、ソングライターとしてではなく、歌手としてレコード契約の申し出を受ける。

レコード会社「Pan Musik」を通して「Piccadilly Records」と契約を結び、ジョン・シュレーダー(John Schroeder)、アイヴァー・レイモンド(Ivor Raymonde)とチームを組んだ。彼らはそれぞれ、ヘレン・シャピロ(Helen Shapiro)とダスティ・スプリングフイールド(Dusty Springfield)の多くのヒットの立役者である。

1965年

1965年2月に、ビリー・フューリー(Billy Fury)“ Halfway to paradise”のカバーが、バーバラのファーストシングルとして発売された。

バーバラ・ラスキンは自作の曲を発売することに対し熱心で、セカンドシングルとなった“You can’t blame a girl for trying”では、女性歌手「サンディ・ショウ(Sandie Shaw)」を思い浮かべながら作曲したもの。

続く3枚目は“Well, how does it feel?”で、これはアメリカのグループ「ソニー・アンド・シェール(Sonny and Cher)」のスタイルでレコーディングされ、その年の秋に発売された。

1966年

レコード会社「Motown」は1966年初期までの流行のすべてであったが、バーバラ・ラスキンはストンピーな曲“Song without end”を生み出した。

これはおそらく、彼女の中のベストシングルのひとつだろう。

驚くべきことに売り上げは伸びなかったが、この頃までに彼女はソングライターとしての地位を確立させつつあり、マリリン・パウエル(Marilyn Powell)やジュディ・デイヴィス(Judy Cannon)らが彼女の曲をレコーディングしていた。

“Light of love”が「Piccadilly」からの最後のシングルトなった。

「Pan Musik」はレコード会社「Parlophone」傘下となり、バーバラも引き連れて行ったからだ。

1967年

1967年2月に発売された“Sun showers”はしばしばその価値を見過ごされているが、これが新しいレコード会社からの彼女の最初のレコードとなった。

そのわずか2か月後、続く“Euston station”が発売。

この曲は音楽番組『Juke box jury』で人気となるが、売り上げは伸びなかった。

これに続き“Come into my arms again”を発売した。この曲は彼女のベストシングルのひとつで、スタジオへ向かうバスの中で書いたものだ。これは後に様々なアーティストたちによってレコーディングされ、彼女にとってよい収入源となる。

そして彼女はラジオ局「BBC’s World Service」の番組『Cool Britannia』の共同制作の申し出を受ける。仕事の一部として、当時の大物スターや作曲家たちに多くインタビューを行った。

1968年

この頃、レコード会社「President Records」が「Pan Musik」の事業を引き継いだ。

そこからのファーストシングル“Pawnbroker, pawnbroker”が1968年10月に発売され、B面には佳作の“Almost”も収録されている。

1969年

サンディ・ショウやクリフ・リチャード(Cliff Richard)の、コンテスト『British Eurovision song contest』へのエントリー曲の売上高を見て、バーバラ・ラスキンは1969年のイギリス決勝のために“Gentleman, please”を作曲し、これをルル(Lulu)がパフォーマンスした。

しかし6位までに入ることはできず、バーバラは自身でこの曲をリリースした(はるかに素晴らしい曲“The 24th day of July”がB面に収録されている)。

これはヒットとはならなかったが、興味深いことに彼女はベルリン(Berlin)へ行き、ドイツ語版をレコーディングすることとなった。

同じタイトルで、彼女のドイツでの初めてのリリース“Hey love – So ist die Liebe”のB面曲として収録された。

ちなみに、フランス人イエイエガールのフランス・ギャル(France Gall)もまた、フランス語とスペイン語でこの曲をリリースしている。

バーバラは1960年代後半から70年代前半にかけて、数々のシングルをリリースし続けた。1969年のアンティーブ(Antibes)でのコンテスト『Festival of two roses song contest』にて彼女がパフォーマンスした“Hail, love!”や、“A little of this, a little of that”などがそうだ。

1970年代

2枚目のドイツ語でのシングル“Irgendwann, irgendwie, irgendwo”が1971年に発売された。

ドイツツアーも計画されていたが、結婚し妊娠したため実行されなかった。

代わりに、バーバラ・ラスキンはロンドンのウエスト・エンド(West End)のキャバレーを選んだ。

1972年に発売された“Beautiful friendship”が彼女の最後のシングルとなった。

出典:Ready steady girls

バーバラ・ラスキン(Barbara Ruskin)について【イギリス】の口コミ

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バーバラ・ラスキン(Barbara Ruskin)について【イギリス】のディスコグラフィ

1965年

①You Can’t Blame A Girl For Trying / No More To Fall
②Halfway To Paradise / I Can’t Believe In Miracles 

1966年

③Song Without End / Love Came Too Late ‎(7″, Single) 

1967年

④Come Into My Arms Again ‎(7″)  
⑤Euston Station / Hear That Telephone ‎(7″, Single)

1968年

⑥Pawnbroker, Pawnbroker ‎(7″) 

1969年

⑦Gentleman, Please

A Little Of This (And A Little Of That)
⑧A Little Of This (And A Little Of That) 

Hail Love
⑨Hail Love 

Hey Love - So Ist Die Liebe / Gentleman Please ‎(7", Single, Mono)
⑩Hey Love – So Ist Die Liebe / Gentleman Please ‎(7″, Single, Mono) 

1970年

⑪For The First Time In My Life 

1971年

⑫(I Wanna Be Your) Teddy Bear 

1972年

⑬Beautiful Friendship / Yesterday’s Coffee 

発売日不明

⑭Halfway To Paradise ‎(7″, Single, Promo) A
⑮Well How Does It Feel ‎(7″, Promo)

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