ジュリー・ロジャース(Julie Rogers)について【イギリス】

ジュリー・ロジャース(Julie Rogers)について【イギリス】
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1961年にホアキン・プリエート(Joaquin Prieto)が“La novia”を書いた時、ヨーロッパ大陸の歌手たちの間ですぐに人気となった。1964年、イギリスの女性歌手「ジュリー・ロジャース(Julie Rogers)」が英語の歌詞でレコーディングした後、現在は“The wedding”として知られるこの曲はより大きな世界的ヒットとなり、ジュリーをポップス界のスターダムへと押し上げた。

1960~1970年代イギリスの女性歌手

ジュリー・ロジャース(Julie Rogers)のバイオグラフィ

ジュリー・ロジャースは、1943年4月6日、本名ジュリー・ローズ(Julie Rolls)として、ロンドン(London)南部のバーモンジー(Bermondsey)に、5人兄弟の末っ子として生まれる。

15歳で学校を卒業後、受付係となり、その後弁護士秘書となった。

しかしジュリーにとって、オフィスワークはあまり楽しいものではなかった。「スペインに行くことに決めたの。太陽が欲しかった。成功が欲しかった。女友達とヒッチハイクでマドリッド(Madrid)まで行って、仕事を見つけて、できるだけ長くそこに居ようと決めたの。」と彼女は思い出して言う。

彼女たちは、アメリカ空軍基地のプールでのカクテルシェイカーとしての仕事を得た。

ジュリーは、スペインに居る間に、その友達と、出会ったスウェーデンの女の子と一緒にダンストリオを結成。「私のダンスはあまりセクシーじゃなかったから、たくさん歌ったの!」とジュリーは言う。

この活動は5か月間続き、ジュリーは様々な技術を得た。

その後、アフリカ沿岸を航行する航空会社「Union Castle Line」で3か月間スチュワーデスの仕事をした。

「テディ・フォスター・バンド(Teddy Foster Band)」にリードボーカルとして加わった時、彼女のプロ歌手としての活動が始まった。

彼女たちはButlinsの行楽地Fileyで、2シーズン歌った。バンドが解散すると、テディとジュリーはコンビを組み、その後18か月間ヨーロッパ各地のアメリカ軍基地を回った。

ジュリーたちのスタイルは、当時アメリカで人気のルイス・プリマ(Louis Prima)とキーリー・スミス(Keely Smith)のデュオに似ていた。

この経験とダンスバンドでの経験が、将来ソロとして活動するための基盤となる。

フォスターはショービジネス界でよく知られており、彼のコネを通じてジュリーは、高い評価を得ているプロデューサーのジョニー・フランツ(Johnny Franz)に会った。

1964年 20歳~21歳のころ

ジュリー・ロジャースは“Come rain or come shine”を歌い、1964年初期にフランツはすぐにレコード会社「Mercury」と彼女との5年契約を結ばせた。フォスターは自身の音楽活動を辞め、ジュリーの個人マネージャーとなった。

この会社からのジュリーのファーストレコードは“It’s magic”で、これは元々1948年のドリス・デイ(Doris Day)のヒットであり、ジュリーは最新のリバイバル版を発売したが、チャートに入ることはできなかった。

ちなみにB面の“Without your love”のほうがおそらく、よりA面にふさわしかっただろう。

1964年7月に発売された2枚目の“The wedding”が、彼女に成功をもたらした。

この曲は元々アルゼンチンのホアキン・プリエートのレコーディングで、スペインで過ごした時間を優しく思い出させる曲だったので、ジュリー自身が提案したものだった。

ジュリー・ロジャースがレコーディングしたこの曲は、イギリスチャートで3位、アメリカチャートで10位、そしてオーストラリアチャートでは1位となった。

(1965年の春にはドイツでも16位となり、ドイツ語バージョン“Glocken der Liebe”のレコーディングも行った。ちなみに続いて1965年に発売された、オリジナル曲の“Morgen bist du so weit von mir”がドイツ語での最後の作品となった。)

“The wedding”は現在までに1500万枚を超える売り上げとなっている。

B面の素晴らしい“The love of a boy”は、バカラック(Bacharach)とデヴィッド(David)による作曲で、元々ティミ・ユーロ(Timi Yuro)によりレコーディングされたものだ。

ジュリー・ロジャースはすぐにテレビでお馴染みの顔となった。

美しい外見とふわっとした金褐色の髪で力強いボーカルの彼女は、当時の有名テレビ番組すべてで、人気のスターとなった。

続いて1964年12月に“Like a child”が20位、1965年3月には“Hawaiian wedding song”が31位となり、これが最後のチャートヒットとなった。

続くシングル、トム・ジョーンズ(Tom Jones)のマネージャーのゴードン・ミルズ(Gordon Mills)作曲の“Day by day”、“Another year, another love, another heartache”、“In my room”などは、1m63cmの彼女のパワフルな声を十分に示している。

多くの人々にとって、ジュリーのアルバムはシングルよりも重要である。

1965年 21歳~22歳のころ

1965年に発売されたファーストLP『The sound of Julie』には、“Something’s gotta give”や、ケティ・レスター(Ketty Lester)の曲の素晴らしいカバー“Love letters”などが収録されている。

そして2枚のEP、1964年に“The wedding”をフィーチャーしたものと、1965年には前述のアルバムから選ばれた曲が収録されたものが発売された。

1966年 22歳~23歳のころ

翌年、2枚目のアルバム『Contrasts』が発売された。

当時ジュリー・ロジャースがステージで歌っていた“Temptation”や、1966年6月にシラ・ブラック(Cilla Black)がトップ10を記録した“Don’t answer me”などが収録されている。

1967年 23歳~24歳のころ

1967年に発売された3枚目のアルバムで、ふさわしいタイトルの『Songs of inspiration』は、表現豊かな曲をうまく表現するジュリーの能力を示しており、これは彼女のトレードマークとなった。

元々は、EP用に4曲だけをレコーディングする予定だったが、レコーディングセッションの後、ジョニー・フランツはLPを制作する価値があると判断し、最終的には“Ave Maria”、“May each day”、“At the end of the day”などを含む12曲が収録された。

“While the angelus was ringing”のジュリーの傑出したバージョンが、シングルとして発売された。これは元々フランス語歌詞の“Les trois cloches”で、またジミー・ブラウン(The Jimmy Brown)の曲としても知られている。

1968年 24歳~25歳のころ

1968年最後のシングルはバラードの“Let me belong to you”で、これはマッシモ・ラニエリ(Massimo Ranieri)のイタリアでのヒット“Pietà per chi ti ama”のカバーである。

この年、ジュリーとテディ・フォスターは結婚し、1984年にテディが腎不全でこの世を去るまで、夫婦は幸せに暮らした。

1969年 25歳~26歳のころ

1969年、レコード会社「Ember」へ移り、ベルギーでのコンテスト『Knokke Cup festival』で披露した“Almost close to you”などのシングルを発売した。

1970年 26歳~27歳のころ

1970年、テディ・フォスターのプロデュースで「Ember」から発売されたアルバム『Once more with feeling』のジャケットに、歌手のグレン・キャンベル(Glen Campbell)は、彼がロンドンを訪れた際に見たジュリーのショーで、彼女の才能に非常に感銘を受けたと書いている。

1976年 32歳~33歳のころ

1976年にレコード会社「Pye」から発売された『My name is Julie』は注目すべきアルバムで、“Unchained melody”、“Tears on my pillow”、“When I dream”、そしてジュリー自身が作曲した“The entertainer”などが収録されている。

レコーディングスタジオやテレビに姿を見せていない時のジュリーは、キャバレーやロンドンの「Talk of the Town」といった最高のナイトスポットに姿を見せていた。

1987年 43歳~44歳のころ

1987年、ジュリーはショービジネス界の代理人マイケル・ブラック(Michael Black)と結婚した。彼もまた彼女のマネージャーを務めている。

2003年 59歳~60歳のころ

ジュリー・ロジャースは、2003年にスタジオへと戻り、レコード会社「Right Recordings」で新しいCD『Sing another song』をレコーディングした。

例によって有意義で彼女のためだけに書かれたような曲、“The power of love”や“The wind beneath my wings”といった曲が収録されている。

このCDには彼女の義兄弟で作詞家のドン・ブラック(Don Black)の曲も何曲か収録されている。“Walk away”や“For mama”などで、両曲とも元々はマット・モンロー(Matt Monro)によるビッグヒットである。

この作品は、これもまたドン・ブラック作詞で、劇場のフィナーレ“If I never sing another song”で締めくくられている。

現在、ジュリーは「QE2」、「Sea Goddess」、「Saga cruises」といった最高級の豪華客船でのキャバレー出演などで忙しく働いている。

出典:Ready Steady Girls

ジュリー・ロジャース(Julie Rogers)の口コミ

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ジュリー・ロジャース(Julie Rogers)のディスコグラフィ

ジュリー・ロジャース(Julie Rogers)のシングル(EP)

ジュリー・ロジャース(Julie Rogers)のシングル(EP)
  1. The Wedding (La Novia)    1964
  2. Day By Day   1964
  3. Like A Child / Our Day Will Come    1964
  4. It’s Magic ‎(7″, Single, Mono)   1964
  5. Like A Child / Our Day Will Come ‎(7″, Single, Mono) 1964
  6. ….The Wedding ‎(7″, EP)  1964
  7. Julie Rogers ‎(7″, EP, Mono)  1964
  8. Like A Child   1965
  9. Hawaiian Wedding Song    1965
  10. Glocken Der Liebe (The Wedding) ‎(7″, Single, Mono)  1965
  11. Morgen Bist Du So Weit Von Mir ‎(7″, Single) 1965
  12. Sudden Love ‎(7″, Single)   1965
  13. Hawaiian Wedding Song / Turn Around, Look At Me ‎(7″, Single, Mono)  1965
  14. The Sound Of Julie ‎(7″, EP)  1965
  15. While The Angelus Was Ringing   1966
  16. I Love Him ‎(7″, Single, Mono) 1966
  17. Piero Piccioni, Julie Rogers – You Never Told Me / Richmond Bridge ‎(7″, Single)  1966
  18. Bless You ‎(7″)   1966
  19. Like A Child ‎(7″, EP)  1966
  20. Another Year, Another Love, Another Heartache ‎(7″, Single, Mono)  1966
  21. These Gentle Hands   1967
  22. In My Room / Three Unspoken Words ‎(7″, Single, Mono)  1967
  23. Quante Cose Non Ti Ho Detto Mai / Dimenticare ‎(7″, Single)  1967
  24. Don’t Speak Of Love  1968
  25. Tar And Cement ‎(7″, Mono) 1968
  26. Let Me Belong To You ‎(7″, Single)   1968
  27. Almost Close To You / This Is Me   1969
  28. Which Way To Nowhere 1970
  29. Children Of My Mind    1970
  30. Julie Rogers / Horst Jankowski – The Wedding / A Walk In The Black Forest    1971
  31. Baby Don’t You Leave Me  1971
  32. Where Do You Go? ‎(7″, Promo, Maxi)  1971
  33. Impossible Dream / Where Do You Go ‎(7″, Single) E 1971
  34. If We Only Have Love  1972
  35. Where Do You Go / Almost Close To You ‎(7″, Promo)  1972
  36. What’s Got To Be ‎(7″)  1973
  37. Long After Tonight Is All Over ‎(7″)  1974
  38. Do Me Wrong But Do Me ‎(7″, Single)  1974
  39. Let Me Go Lover  1975
  40. I’m Not Lisa ‎(7″, Single) 1975
  41. Jonathan King / Julie – Una Paloma Blanca / I’m Not Lisa ‎(7″, Single)  1975
  42. I’m Not Lisa ‎(7″)   1975
  43. Julie Rogers, Sarah Vaughan & Billy Eckstein* – The Wedding / Passing Strangers ‎(7″)  1980
  44. Julie Rogers / Stuart Gillies – The Wedding (La Novia) / Amanda  発売日不明
  45. Julie Rogers / Stuart Gillies – The Wedding (La Novia) / Amanda ‎(7″, Single, Pic) 発売日不明
  46. The Wedding ‎(7″, Single, RE, Sil) 発売日不明
  47. La Metà Della Metà / Le Stesse Mani ‎(7″) 発売日不明
  48. Don’t speak of love ‎(7″) 発売日不明
  49. These Gentle Hands ‎(7″, EP, Mono) 発売日不明
  50. Almost Close To You ‎(7″, Single) 発売日不明
  51. Julie Rogers ‎(7″, EP) 発売日不明
  52. Almost Close To You ‎(7″, EP) 発売日不明
  53. Now ‎(7″, Single) 発売日不明

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