ジュリー・グラント(Julie Grant)について【イギリス】

ジュリー・グラント(Julie Grant)について【イギリス】
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イギリスの女性歌手「ジュリー・グラント(Julie Grant)」は、ザ・ビートルズが登場するビートブームの直前にレコーディング活動を始めた。

ジュリー・グラントは時代と共に変化していったが、ちょうど彼女が真価を発揮し始めた頃、レコード会社にはたくさんの女性歌手が所属しており、彼女は満足にプロモーションをしてもらえなかった。

数枚の小さなヒットを出したが、彼女は、なるべきだったスターには結局なれなかった。

1960~1970年代イギリスの女性歌手

ジュリー・グラント(Julie Grant)のバイオグラフィ

ジュリー・グラントは、1946年7月12日、本名ヴィヴィアン・フォアマン(Vivien Foreman)として、イギリス北部の沿岸の町、ブラックプール(Blackpool)に生まれる。

子供の頃から熱心なパフォーマーで、ロンドン(London)のウエスト・エンド(West End)でのオリジナル作品『King and I』で、タイ人の子供役のひとりとして、イギリスでステージデビューした。

1960年 13歳~14歳のころ

1960年ブライトン(Brighton)の行楽地Butlinsでのタレントコンテストに優勝した後(他でもない、翌年にはイギリスチャートの上位へと入るヘレン・シャピロ(Helen Shapiro)を破っての優勝だった)、ヴィヴィアンは当時住んでいたリーズ(Leeds)の男性クラブで、セミプロとして歌い始めた。

彼女の父親の会計士は、スター、フランキー・ヴォーン(Frankie Vaughan)の会計士でもあるジュリアン・グラント(Julian Grant)で、彼はロンドンのマネージャーと彼女とのオーディションをセッティングし、彼自身の名前にちなんだステージネーム「ジュリー・グラント」を彼女に与えた。

彼女はすぐにレコード会社「Pye」と契約を結んだ。

1962年 15歳~16歳のころ

1962年4月、トニー・ハッチ(Tony Hatch)が伴奏をディレクションしたデビューシングル“Somebody tell him”が発売されたが、売り上げには失敗。

ちなみにハッチはジュリー・グラントの活動の指導を続けたが、その後ペトゥラ・クラーク(Petula Clark)らと共により大きな成功を収めることになる。

その年の後半、続いてシングル“So many ways”と“When you’re smiling”が発売されたが、同じような結果だった。

1963年 16歳~17歳のころ

ジュリー・グラントの能力が売り上げにつながらないことに苛立ち、「Pye」は新進気鋭の作曲家、ジェリー・ゴフィン(Gerry Goffin)とキャロル・キング(Carole King)の曲に目を向け、ジュリーはグループ「ドリフターズ(The Drifters)」のアメリカでのヒット“Up on the roof”のカバーを発売した。

この作戦は成功し、1963年1月にイギリスチャートトップ40入りを果たした。

この曲は、デンマークとスウェーデンでもチャート入りした。

ジュリーと「ビートルズ(The Beatles)」との親しい関係と、ジョージ・ハリスン(George Harrison)との恋の噂が大きく知れ渡り、彼女の続くシングルで元気のいい“Count on me”はトップ30入りとなった。

B面の“Then, only then”はファンのお気に入りである。

次のシングル“That’s how heartaches are made”は、アメリカの歌手ベイビー・ワシントン(Baby Washington)の曲のカバーで、洗練された新しい試みの曲だが、ファンの混乱を招き、すぐにバーゲンの棚に並ぶことになってしまった。

ちなみに面白いことに、B面の“Cruel world”は、女性グループ「ブレイカウェイズ(The Breakaways)」のマーゴ・クアントレル(Margo Quantrell)による作曲だ。

“Don’t let me down”と“Hello love”ではよりポップなスタイルに戻ったが、以前の成功を再び手にすることはできなかった。グループ「エヴァリー・ブラザーズ(The Everly Brothers)」や「ビートルズ」のナショナルツアーに同行したにも関わらず、だ。

1964年 17歳~18歳のころ

1964年夏に発売された、激しい“Every day I have to cry”でさえ、悪い運気を変えることはできなかった。しかしこれはイスラエルではヒットとなった。

その年の秋、ジュリー・グラントが自分の作品の中でお気に入りの、緻密な“Come to me”で、イギリスチャートトップ40へ返り咲くことができ、またオランダチャートにも入った。

彼女はイギリスのテレビでお馴染みの顔となり、『Ready steady go!』や『Thank your lucky stars』、『The beat room』といった番組に度々出演した。

1965年 18歳~19歳のころ

しかし1965年1月に、次のシングルで、アメリカのガールズグループ「シンデレラズ(The Cinderellas)」の曲のカバー“Baby, baby (I still love you)”を発売する頃には、「Pye」は彼女に対する興味を失いつつあった。

サンディ・ショウ(Sandie Shaw)が大きく売れていたし、ペトゥラ・クラーク(Petula Clark)も“Downtown”で大ヒットとなっていたのだ。

プロモーションされることなく、ジュリー・グラントのレコードは埋もれてしまった。

同様に続くシングルも、されるべき関心を払ってもらえなかった。

グループ「グラディス・ナイト・アンド・ザ・ピップス(Gladys Knight and the Pips)」の曲の、よりドラマチックでおそらくより優れたカバー“Giving up”と、トニー・ハッチ作曲の“Lonely without you”である。

“Lonely without you”のB面は、レコード会社「Motown」所属のグループ「マーヴェレッツ(Marvelettes)」の曲の見事なカバー“As long as I know he’s mine”で、これは素晴らしいA面曲となってもおかしくなかったと、多くの人は感じている。

1965年9月、「Pye」からの最後のシングルとして、グループ「ムーディ・ブルース(Moody Blues)」のカバー“Stop”が選ばれた。これもまた失敗に終わり、ジュリーの契約は更新されなかった。

そのすぐ後、スペインのグループ「The Zaras」にリードボーカルとして加わり、ヨーロッパ本土とアメリカでツアーを行った。

1970年代、その後…

ジュリー・グラントはアメリカに腰を据え、1970年代半ばにスタジオへと戻り、グループ「ドアーズ(The Doors)」“Light my fire”のディスコ調のカバーをレコーディングしたが、発売されないままとなっている。

彼女は音楽業界で活動を続け、現在は自身のタレント事務所を経営している。

出典:Ready Steady Girls

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ジュリー・グラント(Julie Grant)のディスコグラフィ

ジュリー・グラント(Julie Grant)のシングル(EP)

ジュリー・グラント(Julie Grant)のシングル(EP)
  1. So Many Ways 1962
  2. Up On The Roof    1962
  3. Somebody Tell Him / Ev’ry Letter You Write ‎(7″, Single)  1962
  4. When You’re Smiling ‎(7″, Single)   1962
  5. Everyday I Had To Cry ‎(7″, EP)  1962
  6. This Is Julie Grant ‎(7″, EP)  1962
  7. Count On Me / Then, Only Then 1963
  8. Hello Love  1963
  9. Don’t Ever Let Me Down   1963
  10. That’s How Heartaches Are Made ‎(7″, Single)   1963
  11. Come To Me   1964
  12. Lonely Without You  1964
  13. Every Day I Have To Cry   1964
  14. You’re Nobody ‘Til Somebody Loves You  1964
  15. Hello Love / Up On The Roof ‎(7″, Single)  1964
  16. Stop    1965
  17. Giving Up / ‘Cause I Believe In You  1965
  18. Baby, Baby (I Still Love You) / My World Is Empty (Without You)    1965
  19. Walter Jackson / Julie Grant – Then Only Then ‎(7″)  発売日不明

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