カリーナ(Karina)について【スペイン】

カリーナ(Karina)について【スペイン】
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スペインの女性歌手「カリーナ(Karina)」は、誰もが認めるスペイン※イエイエ界の女王で、同時代の歌手の誰よりも大きな成功を得て、誰よりも長い間活動を続けた。“La fiesta”や“El baúl de los recuerdos”といったヒット曲は現在でも人気があり、また彼女の“En un mundo nuevo”は、コンテスト『Eurovision』の歴代のスペインエントリー曲の中で最高の作品だとしばしば考えられている。

 イエイエ【Yé-yé】 フランスで60年代に流行した母国語によるポップスを指す。

1960~1970年代スペインの女性歌手

カリーナ(Karina)のバイオグラフィ

「カリーナ(Karina)」は、1946年12月4日、スペイン南部のアンダルシア州(Andalusia)ハエン(Jaén)に、本名マリア・イザベル・ラウズ・サンティアゴ(María Isabel Llaudes Santiago)として、生まれる。

子供の頃にギターとピアノを習い、10代の頃にはクラブやラジオ局でパフォーマンスを行った。

1961年 14歳~15歳のころ

カリーナは、1961年に、マリベル・ラウズ(Maribel Llaudes)としてレコードデビューをする。

レコード会社「RCA」と契約を結び、コンテスト『Benidorm song festival』の曲“Quisiera ser”と“No preguntas por qué”を発売するが、どちらもヒットとはならなかった。

1963年 16歳~17歳のころ

2年後、1963年に国営放送「TVE」の番組『Hi-fi scale』に出演するチャンスを得て、その際、エミリオ・サンタマリア(Emilio Santamaria)の目に止まる。

エミリオ・サンタマリアは、未来のチャートトップ歌手 (また『Eurovision』の勝者にもなる)マッシェル(Massiel)の父親である。

彼の助力でレコード会社「Hispavox」と契約を結び、そこから彼女はカリーナとして、ポップスに飢えた市場へと再売り出しされた。

しかしいくらかがっかりすることに、この会社からのファーストリリースは“Puff the magic dragon”のカバー曲だった。続いてグループ「エキサイターズ(Exciters)」“Tell him”のカバー“Dile”を発売するが、ロザリア(Rosalía)のバージョンに売り上げで負けてしまう。ふたりの競争がメディアでたくさん取り上げられた。

1964年 17歳~18歳のころ

1964年にはグループ「ロス・ジャガーズ(Los Jaguars)」とチームを組み、レスリー・ゴーア(Lesley Gore)“ She’s a fool”のカバー“No está bien”を発売し、すぐ続いて映画『Arriba las mujeres』から“Puedo”を発売した。

1965年 18歳~19歳のころ

ベネズエラではいくらか成功していたが、スペイン市場で彼女の魅力が認められたのは、1965年に “Muñeca de cera”が発売されてからだった。これはフランス・ギャル(France Gall)が『Eurovision』でルクセンブルク代表として優勝を掴んだ“Poupée de cire, poupée de son”のカバー曲である。

このEPには、イギリスの歌手トゥインクル(Twinkle)の「死のディスク」“Terry”のカバー曲も収録されており、非常に大きなヒットとなった。

この頃から、ブロンドヘアの若く美しいカリーナは、何をしてもほとんどうまく行き、すぐにスペインイエイエ界の女王となった。

その年、“Me lo dijó Pérez”でコンテスト『Majorca song festival』で勝利を掴んだことも、彼女の地位を確立することに貢献した。ちなみにこの曲が、この島とパルマ(Palma)に言及していることも勝利に影響している。

1966年 19歳~20歳のころ

1966年に発売されたEPは、アメリカのガールズグループ「トイズ(Toys)」“A lover’s concerto”のカバー“Concierto para enamorados”がリードトラックで、クリス・アンドリュース(Chris Andrews)“ Yesterday man”のカバー“Tu amor de ayer”や、バカラック(Bacharach)とデヴィッド(David)の曲で、ブリットガール、サンディ・ショウ(Sandie Shaw )のイギリスナンバーワンとなった曲“ (Always) Something there to remind me”のカバー“Siempre hay algo que me recuerda a ti”も収録されている。

その年の後半、再びアメリカのガールズグループの曲から、「ポピーズ(Poppies)」“Lullaby of love”のカバー“Viviré”が発売された。

このEPにはまた他にも3曲のカバー曲が収録されている。フランスのスター、シェイラ(Sheila)“ Le cinéma”のカバー、ペトゥラ・クラーク(Petula Clark)“ My love”のカバー、そしてグループ「ゲイリー・ルイス・アンド・プレイボーイズ(Gary Lewis and the Playboys)」“Green grass”のカバーである。

市場からは人気があったが、独創性のない彼女の音楽に幻滅を感じるという批判も起こり始めた。

彼女の作品は、単に国際的なヒット曲の甘ったるいカバーだと言われた。

一時的な動きではあったが、そう批判する人たちを黙らせるため1966年最後のリリースとして、素晴らしいスペイン語オリジナル曲“Ya verás”が発売され、最高のイエイエ歌手として賞を得て、この年を締めくくった。

1967年 20歳~21歳のころ

1967年のファーストシングルとして、イギリスのデュオ「デヴィッド・アンド・ジョナサン(David and Jonathan)」“The magic book”のカバー“El libro de mágia”が発売されたが、すぐにはるかに素晴らしい成功を収める次の作品が発売されたため、その影に隠れてしまった。

次の作品は、カリーナの未来の夫であり、グループ「Los Pekenikes」のギタリスト、トニー・ルーズ(Tony Luz)作曲の“Los chicos del preu”である。

同タイトルの映画でカリーナは、ヨーヨー(Yoyo)役で主演を務めてもいる。

カリーナは1968年には、同じ監督ペドロ・ラザガ(Pedro Lazaga)の別の映画『La chica de los anuncios』にビー(Bea)役で出演し、1969年には『La máquina que hace pop』にも出演している。

アメリカの歌手ペギー・マーチ(Peggy March)がドイツでチャートトップとなった“Romeo und Julia”のカバー“Romeo y Julieta”を発売し、1967年もカリーナのチャートでの成功は続いた。

1968年 21歳~22歳のころ

1968年、ルル(Lulu)“ Me, the peaceful heart”のカバー“Qué más te da”が発売されたが、今までほどの成功とはならなかった。

カリーナの初期の作品にはある種の魅力があったが、この頃から彼女の作品は、イージーリスニングへと移行していく。売り上げの点では、このことは問題ではなかった。もし何かあるとすれば、単純に、より大きなヒットとなっていった。

例えば、マーティ・ワイルド(Marty Wilde)“ Abergavenny”のカバー“La fiesta”と、リーピー・リー(Leapy Lee)“ Little arrows”のカバー“Las flechas del amor”を収録した1968年最後のシングルは、非常に素晴らしい成功を収めた。

1969年 22歳~23歳のころ

同様に、1969年のシングルでチャートトップとなった作品の両面“Regresarás”と“El baúl de los recuerdos”は現在でも人気である。

1970年 23歳~24歳のころ

カリーナは、1970年、ケニー・ヤング(Kenny Young)作曲で、クローダ・ロジャース(Clodagh Rodgers)が歌った“The colors are changing”のカバー“Colores”と、再びルーズ作曲の“Tú y yo”もまたヒットとなった。

1971年 24歳~25歳のころ

1971年の『Eurovision』への出場が、彼女のキャリアの中でのハイライトのようなものとなっている。

スペイン代表の座を、元グループ「Los Stop」のメンバーであるクリスティーナ(Cristina)や、エンカーニータ・ポロ(Encarnita Polo)、グループ「Los Mismos」らと争い、ルーズ作曲の“En un mundo nuevo”で勝利を掴んだ。

モナコ代表のセヴェリーヌ(Séverine)に敗れ2位となったが、この曲はスペインの人々に最も人気の『Eurovision』エントリー曲のひとつとなっている。この曲がスペインで成功を収めたことで、カリーナは同タイトルの映画にも出演した。

1970年代、その後…

カリーナは、1970年代初期も、“Yo te diré, Y”や“Oh! Carol”といったヒット曲が続いた。

高い評価を得た、1972年の『Tiempo al tiempo』や1974年の『Lady Elisabeth』といったアルバムは、より成熟した魅力を示している。

しかし、フランコ将軍(General Franco)死後の1970年代中期に、社会的、政治的な変化がスペインで起こり、人々はカリーナに対する興味を失った。

そのためルーズと離婚後(ちなみに彼女はその後3回再婚している)、カリーナはインドネシアへ向かった。

1980年代初期、母国へと戻り、マドリッド(Madrid)で芝居に出演し、その後メキシコへと移った。そこで歌手活動を再開し、1985年に“El amor”、1987年に“Siempre estás en mi corazón”を発売した。

1990年代中期、ツアー『Mágicos 60 tour of Spain』に、ジネット(Jeanette)やミッキー(Micky)といった昔のスターたちと共に参加した。

また2003年にテレビシリーズ『Vivo cantando』(1969年の『Eurovision』の勝者サロメ(Salomé)にちなんで名づけられた)でスペインのテレビ界へと戻った。

彼女の人気が続いているのは、とりわけゲイのファンたちから長年に渡って支持され続けていることが大きい。

出典:Ready Steady Girls

カリーナ(Karina)の口コミ

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カリーナ(Karina)のディスコグラフィ

カリーナ(Karina)のシングル(EP)

カリーナ(Karina)のシングル(EP)
  1. Prometida   1963
  2. Puff ‎(7″, EP)  1963
  3. Dile ‎(7″, EP)  1963
  4. Puedo   1964
  5. Puedo / Hago Mal En Quererte ‎(7″, Single) 1964
  6. Karina (4) Con Los Jaguars – No Esta Bien ‎(7″, EP)   1964
  7. Muñeca De Cera   965
  8. La Pelicula (Le Cinema)/ Muñeca De Cera (Poupee De Cera, Paupee De Son) ‎(7″, Single)  1965
  9. Me Lo Dijo Pérez / Oh, Oh, Sheriff / Yeh! Yeh! / Olvidemos El Mañana ‎(7″, EP)   1965
  10. A Quien Pueda Interesar / Doctor Zhivago / Amanecer / Ya Veras  1966
  11. Concierto Para Enamorados / Tu Amor de Ayer = Yesterday Man ‎(7″, Single) 1966
  12. Vivire / Muñeca De Cera / Olvidemos El Mañana / Terry ‎(7″, EP) 1966
  13. Concierto Para Enamorados ‎(7″, EP, Car)   1966
  14. カリーナ(Karina)のシングル(EP)
  15. Hierba Verde / La Pelicula / Mi Amor ‎(7″, EP)  1966
  16. Vivire / Hierba Verde / El Cinema / Mi Amor ‎(7″, EP)  1966
  17. Romeo Y Julieta / La Fortuna Y El Poder  1967
  18. Banda Original De La Película Los Chicos Del Preu ‎(7″, Single)   1967
  19. El Libro De Magia ‎(7″, Single)  1967
  20. La Fiesta / Las Flechas Del Amor   1968
  21. Que Mas Te Da / El Sendero Amarillo ‎(7″, Single)  1968
  22. Romeo Y Julieta ‎(7″, EP) 1969
  23. Karina (4) / Los Angeles / Miguel Ríos – Disco Sorpresa Fundador ‎(7″, EP, Promo)  1969
  24. Regresarás / El Baul De Los Recuerdos ‎(7″, Single)  1969
  25. Colores / Mi Diario ‎(7″, Single)  1970
  26. Amor En Colores / Yo Te Amo Solo A Tí ‎(7″, Single)  1970
  27. El Sendero Amarillo / Las Flechas Del Amor / Regresarás / El Baúl De Los Recuerdos ‎(7″, EP, Promo) 1970
  28. Tu Y Yo / Yo Te Se Perdonar  1971
  29. En Un Mundo Nuevo   1971
  30. Tomorrow I’m Coming Your Way  1971
  31. Engañada ‎(7″, Single, Promo)  1971
  32. Wir Glauben An Morgen ‎(7″, Single) 1971
  33. Yo Te Dire / Engañada ‎(7″, Single)   1971
  34. Un Monde Plus Grand Et Plus Beau (“En Un Mundo Nuevo”) ‎(7″, Single)   1971
  35. カリーナ(Karina)のシングル(EP)
  36. Tu Y Yo / Yo Te Se Perdonar ‎(7″, Single, Promo)  1971
  37. Karina , Waldo De Los Rios – Eurovision ’71 ‎(7″, Single, Promo)  1971
  38. En el Amor / Bye, Bye, Love ‎(7″, Promo) 1972
  39. Tú Y Yo / Engañada / Yo Te Diré / Al Pasar Los Años ‎(7″, EP, Promo)  1972
  40. En El Amor… / Bye, Bye Love ‎(7″, Single)  1972
  41. Este Mundo En Que Vivimos / Al Pasar Los Años  1972
  42. Ven, Aquí Siempre Estaré / Mañana   1973
  43. Tu Seras Mi Baby / Luna Blanca ‎(7″, Single)  1974
  44. Un Niño ‎(4″)  1974
  45. Ven, Aquí Siempre Estaré ‎(7″, Single)  1974
  46. Oh, Carol! / Lady Elizabeth ‎(7″, Single)   1974
  47. Oh, Carol! / Luna Blanca ‎(7″, Single)  1974
  48. Oh Carol! ‎(7″, Single)  1974
  49. Lady Elizabeth ‎(7″, EP)  1975
  50. La Golondrina ‎(7″)  1975
  51. Nosotros Fuimos ‎(7″, Single) 1975
  52. Canta Conmigo / Curro ‎(7″, Single)  1976
  53. Deja Ya De Llorar ‎(7″, Single)  1977

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