ハイジ・フランケ(Heidi Franke)について【ドイツ】

ハイジ・フランケ(Heidi Franke)
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歌手「ハイジ・フランケ(Heidi Franke)」は、力強くドラマチックな声と、オードリー・ヘプバーン(Audrey Hepburn)のような外見という、1960年代のドイツでビッグになるべき要素を持っていた。

しかし、少し政治的なシュラガー(ドイツ語ポップス)曲がラジオで放送禁止となり、彼女のキャリアは停滞してしまった。

ハイジ・フランケ(Heidi Franke)のバイオフラフィ

1966年 21歳のころ

1945年に生まれたハイジ・フランケは、1966年にレコード会社「Polydorレコード」と契約を結んだ。

彼女のファーストリリースは、グループ「ウォーカー・ブラザーズ(Walker Brothers)」のヒット“The sun ain’t gonna shine anymore”の素晴らしいカバー“Die Sonne scheint nicht mehr ohne dich”である。

うまく歌いあげられたダブルボイスのこの曲は、期待が持てる仕上がりなのだが、彼女の他の5曲の45レコードと同じように、チャートにも市場にも大きなインパクトを与えることはできなかった。

1967年 22歳のころ

1967年に、再びカバー曲で2度目のチャレンジをした。

今回はエディット・ピアフ(Edith Piaf)のフランス語曲“Et si c’était vrai by Georgette Lemaire”が翻訳され“Das alles wird wahr”。

おそらくこのシングルは、ラジオに好まれそうなB面曲“Gesucht und gefunden”がA面となっていたなら、もっと売れていただろう。

次のシングルは、よりポップでアップビートの“Red’ nicht mit dem Mond”である。

今までのA面曲がすべてそうであったように、これもまた外国の曲が基になっている。この曲のオリジナルは、あまり有名でないイギリスのサイケバンド「Tuesday’s Children」の“Ain’t you got no heart”である。B面のミドルテンポバラード“Es tut mir immer noch weh”は、彼女のベスト作品のひとつである。

1968年 23歳のころ

1968年、「Polydorレコード」からの最後のシングル“Die Blumen sind für Sie, Herr Polizist”が発売された。

B面は、グループ「ボックス・トップス(Box Tops)」“Neon rainbow”のドイツ語カバー“Neon Regenbogen”である。フラワーパワーとヒッピー文化が当時大流行しており、保守的なドイツシュラガー界にさえもその波は押し寄せていた。

「Polydorレコード」のナンバーワンであったノルウェーのウェンケ・マイアー(Wencke Myhre)が“Flower Power Kleid”でチャート上位に入っており、ハイジにも似たようなことに挑戦させるきっかけとなったのかもしれない。

しかし、これが裏目に出た。

ハイジ・フランケが警官に花をプレゼントするというこの歌の詞は、現在の基準では無害で、抗議の曲とは程遠い。

実際、マンガのジャケットと楽天的なメロディのこの曲は明らかに、社会的な主張などではなく、よりコメディで目新しいものであった。しかしドイツのラジオはこの頃まだ、「ギャングスターが死んだ時に捕まえるのか誰か?暗い裏道を避けるのは誰か?セレブたちに敬礼するのは誰か?学生たちに水を撒くのは誰か?」といったことに反対しており、この曲を放送することを禁止した。

この曲が禁止されたことは、ドイツの政治的ニュース雑誌『Der Spiegel』でも言及された。これはおそらく「Polydorレコード」が期待していなかった種類の媒体だろう。

この事件が原因となったのか、それとも単に売り上げが悪かったからなのかは分からないが、ともかくすぐ後に彼女は「Polydorレコード」を去った。

1969年 24歳のころ

1969年、ハイジ・フランケは再び姿を現し、レコード会社「CBS」から最後のシングルを発売。

注意深くあらゆる論争の基となるものを避け、A面は潔白なシュラガー“Morgen scheint die Sonne wieder”で、B面の“Wo die Pußta zu Ende geht”は明らかにアレクサンドラ(Alexandra)を真似たもので、当時のドイツ好みの、オーストリアハンガリー帝国をロマンチックにしたフォークソングであった。

しかし売り上げに失敗し、これが唯一の「CBSレコード」からのリリースとなり、事実上彼女の活動は終わりを迎えた。

出典:Ready Steady Girls

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ハイジ・フランケ(Heidi Franke)のディスコグラフィ

ハイジ・フランケ(Heidi Franke)のシングル(EP)

ハイジ・フランケ(Heidi Franke)のシングル(EP)
  1. Die Sonne Scheint Nicht Mehr Ohne Dich / Er Weiss Noch Nicht Dass Ich Ihn Liebe ‎(7″, Single)  1966
  2. Das Alles Wird Wahr / Gesucht Und Gefunden ‎(7″, Single)  1966
  3. Red’ Nicht Mit Dem Mond / Es Tut Mir Immer Noch Weh ‎(7″, Single) 1967
  4. Die Blumen Sind Für Sie Herr Polizist ‎(7″, Single) 1968
  5. Morgen Scheint Die Sonne Wieder / Wo Die Pußta Zu Ende Geht ‎(7″, Single)  1969

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