コニー・フロベス(Conny Froboess)について【ドイツ】

コニー・フロベス(Conny Froboess)について【ドイツ】
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コニー・フロベス(Conny Froboess)は、ドイツ初の女性ティーンアイドルである。

彼女は1950年代終わり、ビートブーム前の時代に大きな成功を収め、1962年のコンテスト『Eurovision song contest』のエントリー曲“Zwei kleine Italiener”で最高潮に達する。しかし、この大きな成功期間の後、女優転身のため、彼女は結局音楽をあきらめた。

コニー・フロベス(Conny Froboess)の生い立ち

コニー・フロベスは、1943年10月28日、本名コーネリア・フロベス(Cornelia Froboess)として、ドイツ東部ブランデンブルク州(Brandenburg)のヴリーツェン(Wriezen)に生まれる。

ちなみに彼女の家族は通常ベルリン(Berlin)に住んでいたのだが、戦時中の爆弾を避けるためにベルリンから逃げていた。

父親で作曲家のゲルハルド・フロベス(Gerhard Froboess)が、彼女を子供の頃にスターにした。

1951年 7歳のころ

1951年、彼は少年合唱団『Schöneberger Sängerknaben』のために“Pack’ die Badehose ein”を作曲したが、指揮者に断られ、代わりに7歳のコニーにレコーディングさせた。結果この曲は大きなヒットとなり、リトル・コーネリア(Little Cornelia) (Die kleine Cornelia)という名で、彼女は一夜にして成功を収めた。

1958年 14歳のころ

コニー・フロベスはその後数年間にさらにシングルをリリースし、1950年代を通していくつかの映画にも出演した。

そして1958年、コニー(Conny)という名で再びチャート上で大きな成功を収める。名前を変えたのは、より流行のアメリカナイズされたティーンのイメージに寄せるためだった。

ポール・アンカ(Paul Anka)のヒット曲のカバーである“Diana”、“I love you baby”、そして“Blue jean boy”はすべて1958年に発売され、すべてトップ5に入るヒットとなる。

これらの曲により彼女の地位は確立し、ドイツのティーンたちのアイドルとなった。

1959~1961年  15歳~17歳ころ

続く数年間、彼女は度々男性スターとペアを組んだ。

例えば、ウィル・ブランズ(Will Brandes)と“Teenager Melodie”を、レックス・ギルド(Rex Gildo)と“Yes, my darling”を、そしてピーター・クラウス(Peter Kraus)と“Sag mir, was du denkst”を、といったように。

一方、彼女の健全なイメージを保つために、マネジメントにおいては多大な努力がなされた。

しかし1961年が終わる頃には、ヒットは小さくなっていた。その一年、どの曲もトップ10入りすることはできなかった。

1962年 18歳のころ

そのため知名度を上げるべく、1962年のコンテスト『Deutsche Schlager-Festpiele』に参加した。

この戦略は功を奏し、かろうじてシュー・マルムクヴィスト(Siw Malmkvist)を2位に抑え、非常にキャッチーな“Zwei kleine Italiener”でコニーは勝利を掴んだ。

これに優勝したということはつまり、その年のコンテスト『Eurovision song contest』のドイツ代表になるということで、コニーは3月に、この全ヨーロッパ決勝出場のため、ルクセンブルクへ向かった。自信に満ちたパフォーマンスにも関わらず、残念な6位という結果に終わった。

しかし、この時すでに彼女の曲はドイツではナンバーワンとなっており、5週間に渡り1位をキープし続けた。

クリスチャン・ブルーン(Christian Bruhn)とゲオルグ・ブッシュコン(Georg Buschor)作曲のこの曲は、世界中で100万枚を超える売り上げを記録し、ドイツポップス界のいつまでも衰えない1曲と考えられている。

ちなみにコニーはこの曲をオランダ語、英語、イタリア語でもレコーディングしている。
これにより、彼女が欲しかったチャート上での成功が手に入り、続く“Lady Sunshine und Mr Moon”もその夏、瞬く間にドイツチャートのトップ3に入った。

皮肉なことに、この頃コニーは女優への大きな興味を示し始めた。彼女は1950年代後半から芝居のレッスンを受けており、数々の映画やテレビに出演していた。時々は歌のパートナーでもあるピーター・クラウスと共に。このペアは例えば、1958年の映画『Wenn die Conny mit dem Peter』や1960年の『Conny und Peter machen Musik』で大成功を収めていた。

1963年 19歳のころ

コニー・フロベスはさらに1963年に、ピーター・アレクサンダー(Peter Alexander)とのデュエット曲“Verliebt, verlobt, verheiratet”や、“Skip-du-bi-du”、“Drei Musketiere”でヒットを出すが、レコーディングスタジオへ通う回数はだんだん少なくなっていった。

1964年 20歳のころ

1964年には、ピーター・アレクサンダーと今度は映画『Hilfe, meine Braut klaut』でペアを組み、レコードとしてはトップ40入りした“Hey, Baron Münchhausen”を1枚発売しただけだった。

1965年 21歳のころ

映画『Topkapi』のドイツ語版テーマ曲である“Diese Nacht hat viele Lichter”が、1965年の彼女の唯一のチャートヒットとなり、再びコンテスト『Deutsche Schlager-Festspiele』へ、陽気だが満足のいかない“Meine Hochzeitsreise mach’ ich auf den Mond”と“Schöne Männer sind nicht sehr gefährlich”で参加するが、以前のように成功することはできなかった。

ちなみにその年はペギー・マーチ(Peggy March)が優勝した。

もしコニー・フロベスに、今後の活動の方向性について迷いがあったとしたなら、1965年のテレビ映画『Wahn oder der Teufel in Boston』での彼女の役に対して世論が大絶賛したことで、決断することができただろう。この後、彼女の音楽活動を維持しようという努力には身が入らなかった。

1966年 22歳のころ

1966年3月に38位となった“Ich geh’ durch den Regen”が、彼女の最後のチャートヒットとなるが、ファンはレコード会社「Electrola」からの彼女の最後のシングルで、ビリー・グラマー(Billy Grammer) の1959年のヒット“Gotta travel on”のカバーである“Der Sommer geht”のほうを好む。

B面には素晴らしいビートの“Und das Leben geht weiter”が収録されている。

1967年 23歳のころ

コニー・フロベスはレコード会社を「Polydor」へと移り、最後の45レコード“Schreib’ es in die Sand”とLPを、1967年にコーネリア・フロベス (今後この名前を使うことになる) という名前で発売した。

しかし、彼女のポップス界での活動は、この頃までには大体終了していた。

1968年 24歳のころ

その年、コニー・フロベスは、オーストリアの映画監督、ヘルムート・マティアセク(Hellmuth Matiasek)と結婚し、映画『Rheinsberg』主演のため、ハネムーンを予定より短く切り上げた。彼女はこの役で『Ernst Lubitsch』を受賞し、1968年には映画『Matilde Möhring』のタイトルと同名の役で『Golden Camera』を受賞した。

1970年代 その後…

コニー・フロベスは売れっ子女優となり、残りの1960年代と70年代初めを通して仕事を続けた。

1972年にミュンヘン(Munich)の劇場『Kammerspiele theatre』に参加し、その後20年間、数々の芝居に出演した。

彼女が演じた中で最も有名なのは、1980年代のミュンヘンの劇場『Theater am Gärtnerplatz』でのミュージカル『My fair lady』でのイライザ・ドゥーリトル(Eliza Doolittle)役である。

彼女は現在も仕事を続けている。

出典:Ready Steady Girls

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コニー・フロベス(Conny Froboess)のディスコグラフィ

コニー・フロベス(Conny Froboess)のアルバム(LP)

コニー・フロベス(Conny Froboess)のアルバム(LP)
  1. Conny ‎(10″) 1960
  2. Conny Of Germany 1960
  3. Bill Ramsey mit Conny Froboess, Paul Kuhn, Ralf Paulsen und Den Westfälischen Nachtigallen – Kinderparty Bei Bill Ramsey ‎(LP)  1965
  4. Eine Tüte Luft Aus Berlin ‎(LP) 1966
  5. Conny Und Die Berliner Luft ‎(LP) 1966
  6. Die kleine Cornelia – die große Conny ‎(LP)  1979
  7. Conny Froboess, Peter Kraus – Wenn Die Conny Mit Dem Peter….. ‎(7″, Album)  1988
  8. Conny ‎(10″, Album) His Master’s Voice 発売日不明
  9. Die Neuen Lieder Der Cornelia Froboess ‎(LP, Album) 発売日不明
  10. Serge Prokofieff / Robert Schumann, Cornelia Froboess – Peter Und Der Wolf / Kinderszenen ‎(LP) 発売日不明
1961年

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