フランス・ギャル(France Gall)について【フランス】

フランス・ギャル(France Gall)について【フランス】
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フランスの歌手「フランス・ギャル(France Gall)」は、訓練されていないボーカルと親しみやすい魅力で、1960年代のフランスで最も有名な歌手のひとりとなった。

“Sacré Charlemagne”や“Poupée de cire, poupée de son”、そして物議をかもす“Les sucettes”といった大きなヒットを出し、国内外問わず彼女は人気者であり続けた。一度ヒットチャートから姿を消したが、1970年代中期に復活を果たし、新たな人気を博した。

フランス・ギャル(France Gall)の生い立ち

フランス・ギャルは、1947年10月9日、本名イザベル・ギャル(Isabelle Gall)としてパリ(Paris)に生まれる。

彼女の家族は音楽一家で、母親は歌手、父親はシャルル・アズナヴール(Charles Aznavour)やエディット・ピアフ(Edith Piaf)といった有名人たちのソングライターであった。

子供の頃、イザベルはピアノとギターを習った。

1962年 15歳のころ

父親のコネを使い、15歳の時にレコード会社「Philips」のオーディションを受け、契約を結ぶが、ステージネームを使うように指示される。

イザベル・ギャルという名前が少し言いづらいからなのだが、彼女たちは言い合いとなり、初めはうまくまとまらなかった。

「France-Galles」のラグビーの試合が当時大きなニュースとなっており、そのためフランス・ギャル(France Gall)という名前に決定したのだが、彼女はこの名前を嫌っていた。

1963年 16歳のころ

“Ne sois pas si bête”がデビュー曲として発売され、1963年秋、彼女の16歳の誕生日に初めてラジオで流された。

この曲はアメリカのガールズグループ「ローリー・シスターズ(The Laurie Sisters)」“Stand a little closer”のカバーで、彼女の数少ないカバー曲のひとつであるが、20万枚を超える売り上げを記録するビッグヒットとなった。

1964年 17歳のころ

続く“N’écoute pas les idoles”が1964年3月にチャートトップとなり、彼女のファーストLPにも収録された。

続いてその年の夏に発売されたEP『La cloche』は、タイトルトラックではなく、“Jazz à gogo”と“Mes premières vraies vacances”がより有名となる。

彼女の不器用さが好感を呼び、訓練されていない声が若者たちに人気となった。

それに加え、同時代の歌手たちの多くが、イギリスやアメリカのヒット曲をカバーする中で、彼女はオリジナル作品を作ってくれるトップソングライターのチームを持っていた。

その中で、セルジュ・ゲンスブール(Serge Gainsbourg)の“Laisse tomber les filles”が、1964年秋に再び彼女にビッグヒットをもたらした。

その後不本意ながら、子供向けの“Sacré Charlemagne”をレコーディング。発売しないでほしいと会社に懇願したにも関わらず、この曲はその年の終わりに発売されたEPのリードトラックとなり、世界中で200万枚を超える売り上げを記録した。

2枚目のアルバムで、フランスで最も有名なスターのうちのひとりとしての彼女の地位が確立した。

1965年 18歳のころ

フランス・ギャルは1965年、イタリアのナポリ(Naples)で開催されたコンテスト『Eurovision song contest』に、隣国ルクセンブルク代表として招待された。

ちなみにこのことで彼女はフランスのメディアから、母国を「砂漠にする」と、たくさんの非難を受けた。

オファーされたたくさんの曲の中から、彼女はゲンスブール作曲の“Poupée de cire, poupée de son(夢見るシャンソン人形)”を選び、プレコンテストで1位となったイギリスのキャシー・カービー(Kathy Kirby)を2位に抑え込み、優勝を掴んだ。

しかし、まさにその夜、恋人のクロード・フランソワ(Claude François)に振られてしまったことで、優勝の喜びは台無しになってしまった。ちなみにこのふたりはすぐ後に復縁し、それから数年間関係は続いた。

この優勝曲は国際的なビッグヒットとなり、彼女はドイツ語、イタリア語、日本語など他のいくつかの言語でもこの曲のレコーディングを行った。この曲はまた、ヨーロッパ全土でカバーされた。

イギリスではトゥインクル(Twinkle)が、スペインとポルトガルではカリーナ(Karina)が、フィンランドではリトバ・パルッカ(Ritva Palukka)が、そしてスウェーデンではデンマークのギッテ(Gitte)が、といったように。

続いて、再びゲンスブール作曲の“Attends ou va-t’en”がフランスでヒットとなり、さらに続く“L’Amérique”も同様であった。

1966年 19歳のころ

1966年は、再びゲンスブール作曲の“Baby pop”で成功を収め、若いフランス・ギャルにとって好調なスタートを切った。この曲は彼女の4枚目のアルバムのタイトルトラックにもなった。ほとんどの彼女のLPがそうであるように、このアルバムは以前に発売されたEPからたくさんの曲が収録されている。

しかし、次のシングルとして“Les sucettes(アニーとボンボン)”を選んだことが、騒動を引き起こした。

ゲンスブールは、作品の背後にエロティックな意味を持たせることで有名で、この曲は表面上キャンディを舐めることを楽しむ少女の歌なのだが、フランス・ギャル本人以外には誰の目にも明らかに、ふたつの意味を持つ傑作だった。

このミスに気づいた時、彼女は姿をくらました。これが100万枚以上の売り上げを記録したという事実が、さらに彼女に屈辱を与えたのだ。

事態はさらに悪化する。暗殺されたアメリカ大統領、ジョン・エフ・ケネディ(John F Kennedy)の息子に捧げる歌、“Bonsoir John John”が1966年9月に発売され、悪趣味だと責められた。

モーリス・ビロー(Maurice Biraud)とのデュエット曲で、友人の娘に対して強い性的な欲求を持つ男についての歌“La petite”でも、状況を変えることはできなかった。

彼女は、今後発売する作品にはもっと口を出すと宣言したが、すでに被害を受けてしまっており、彼女のキャリアが本当に復活するには、それから長い時間がかかった。

ドイツでの成功が続いていたことが、それでも幾らか彼女の慰めになった。

1967~1968年 20~21歳のころ

フランスでは、1967年の“Bébé requin”で一時的にチャートへと返り咲くが、続く“Teenie weenie boppie”(ゲンスブール作曲の薬物LSDに関する曲)と“Toi que je veux”は大失敗となった。

ちなみにこの3曲はすべて、1968年に発売されたそれまでの彼女のベストアルバムに収録されている。

続くシングル“Dady da da”と“24/36”の売れ行きも悪く、1968年後半、彼女は「Philips」を去った。

1969年 22歳のころ

レコード会社「La compagnie」と新しい契約を結び、1969年のイタリアのコンテスト『San Remo song festival』で再スタートを切る。

当時は、イタリアの歌手と外国の歌手の2人が各エントリー曲をパフォーマンスするというスタイルで、フランス・ギャルとジリオラ・チンクエッティ(Gigliola Cinquetti)は“La pioggia”を歌った。

しかし、この曲の彼女の翻訳版“L’orage”はフランスで売れ行きが悪く、後に発売した、ブリットガール、バーバラ・ラスキン(Barbara Ruskin)のコンテスト『A song for Europe』での失敗作“Gentlemen, please”のカバー、“Les années folles”も同様だった。

1970年代 その後…

フランスギャルは、数年間注目されずに終わったが、1974年、シンガーソングライターのミシェル・ベルジュ(Michel Berger)がフランス・ギャルへの愛の告白として作曲した“La déclaration d’amour”で、見事な復活を遂げる。

2年後、ふたりは結婚することとなる。

彼女は、1970年代、80年代を通して、フランスの最も有名なスターのひとりであり続けた。

この時期に最も成功を収めた曲は“Résiste, Il jouait du piano debout”と“Ella, elle l’a”である。

夫婦は、1992年にデュエットのヒットアルバムを発売するが、その後ベルジュは突然この世を去った。

フランス・ギャルはロサンゼルス(Los Angeles)へと移り、1995年にトリビュートアルバムをレコーディング。

そして、1997年に19歳の娘を亡くすと、ショービジネス界からは完全に引退し、現在は静かに暮らしている。

出典:Ready Steady Girls

フランス・ギャル(France Gall)について【フランス】の口コミ

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フランス・ギャル(France Gall)のディスコグラフィ

1960年代のフランス・ギャル(France Gall)のシングル(EP)

1960年代のフランス・ギャル(France Gall)のシングル(EP)
  1. Ne Sois Pas Si Bête  1963
  2. Laisse Tomber Les Filles (4e Série)  1964
  3. N’Écoute Pas Les Idoles (2e Série)  1964
  4. Sacré Charlemagne  1964
  5. Laisse Tomber Les Filles / Christiansen 1964
  6. Sacré Charlemagne  1964
  7. Le Premier Chagrin D’Amour 1964
  8. La Cloche / Jazz à Gogo 1964
  9. Jazz À Gogo / La Cloche (3e Série)  1964
  10. Mes Premières Vraies Vacances ‎(7″, Single, Mono)  1964
  11. France Gall avec Alain Goraguer Et Son Orchestre – N’Écoute Pas Les Idoles ‎(7″, Single)  1964
  12. Ne Sois Pas Si Bête/ J’Entends Cette Musique ‎(7″, Single)  1964
  13. Ne Sois Pas Si Bête / Ça Va Je T’Aime/ J’Entends Cette Musique/ Pense À Moi ‎(7″, EP)  1964
  14. Mes Premières Vraies Vacances ‎(7″, Single, Mono, Jukebox)  1964
  15. Sacré Charlemagne ‎(7″, Single, Mono)  1964
  16. Sacre Charlemagne / Nounours ‎(7″, Single)   1964
  17. Poupée De Cire Poupée De Son  1965
  18. Poupée De Cire Poupée De Son / La Cloche ‎(7″, Single, Mono)  1965
  19. Baby Pop  1965
  20. L’amérique / Nous Ne Sommes Pas Des Anges 1965
  21. Io Si Tu No / Se Agli Amici Dirai  1965
  22. Poupée De Cire Poupée De Son (6e Série)  1965
  23. Deux Oiseaux – Attends Ou Va-T’En (7e Série)  1965
  24. Et Des Baisers / Mon Bateau De Nuit  1965
  25. L’Amérique (8e Série)  1965
  26. L’Amérique / On Se Ressemble Toi Et Moi  1965
  27. Cet Air-La ‎(7″, Single, Mono) 1965
  28. Dis À Ton Capitaine ‎(7″, Mono, Jukebox) 1965
  29. Muneca De Cera ‎(7″, Single, Mono)  1965
  30. Nous Ne Sommes Pas Des Anges ‎(7″, Single)  1965
  31. Wir Sind Keine Engel / Ich Träume Jede Nacht ‎(7″, Single)  1965
  32. Attends Ou Va-t’en / Et Des Baisers ‎(7″, Single) 1965
  33. Attends Ou Va-t’en / Bonne Nuit ‎(7″, Single)   1965
  34. Et Des Baisers ‎(7″, EP, Mono)  1965
  35. Soyons Sages ‎(7″, Single) 1965
  36. France Gall avec Alain Goraguer Et Son Orchestre – Attends Ou Va-t’en / Mon Bateau De Nuit ‎(7″, Single, Mono, Jukebox)  1965
  37. Baby Pop / Faut-Il Que Je T’aime ‎(7″, Single)  1965
  38. Das War Eine Schöne Party / Meine Erste Grosse Liebe ‎(7″)  1965
  39. Dile A Tu Capitan ‎(7″, EP)  1965
  40. Ça Me Fait Rire / Je Me Marie En Blanc 1966
  41. Les Sucettes / Je Me Marie En Blanc / Quand On Est Ensemble / Ça Me Fait Rire  1966
  42. Baby Pop / Cet Air-La  1966
  43. Bonsoir John John 1966
  44. Les Sucettes / Ça Me Fait Rire ‎(7″)  1966
  45. Un Prince Charmant ‎(7″)  1966
  46. Nous Ne Sommes Pas Des Anges ‎(7″)  1966
  47. Bonsoir John – John / la Rose Des Vents ‎(7″, Single)  1966
  48. Poupée De Cire Poupée De Son ‎(7″, EP)  1966
  49. Attends Ou Va-t’en/Jazz A Go Go ‎(7″, Single)  1966
  50. Les Sucettes ‎(7″, Single, Jukebox)  1966
  51. Oh! Quelle Famille / J’ai Retrouvé Mon Chien ‎(7″, Single)  1966
  52. La Guerre Des Chansons ‎(7″, Single)  1966
  53. 1960年代のフランス・ギャル(France Gall)のシングル(EP)2
  54. Spécial France Gall  1966
  55. Bébé Requin 1967
  56. Die Schönste Musik, Die Es Gibt / Samstag Und Sonntag  1967
  57. La Petite / Polichinelle  1967
  58. Was Will Ein Boy  1967
  59. Mireille Darc ,En Duo Avec France Gall – Ce Ne Sera Jamais Trop   1967
  60. L’echo / Celui Que J’aime ‎(7″, Single)  1967
  61. Il Neige / Tu N’as Pas Le Droit ‎(7″, Single)  1967
  62. Spécial France Gall ‎(7″, Single)  1967
  63. Teenie – Weenie – Boppie ‎(7″, EP)  1967
  64. France Gall, Maurice Biraud – Polichinelle ‎(7″, Single, Promo, S/Edition, Mono)  1967
  65. France Gall En Duo Avec Maurice Biraud – La Petite ‎(7″, EP)   1967
  66. Teenie Weenie Boppie ‎(7″, Single)  1967
  67. Nefertiti / Les Yeux Bleus ‎(7″, Single, Promo, Juk)  1967
  68. Dady Da Da   2 versions Philips 1968 Merci, Herr Marquis  1968
  69. 1960年代のフランス・ギャル(France Gall)のシングル(EP)2
  70. A Banda / Mein Herz Ist Weg  1968
  71. Mon P’tit Soldat  1968
  72. Computer Nr. 3 / Alle Reden Von Der Liebe  1968
  73. Haifisch Baby / Hippie Hippie   1968
  74. 24/36 / Souffler Les Bougies  1968
  75. Die Playboys Bei Den Eskimos   1968
  76. Dady Da Da ‎(7″, EP)  1968
  77. Toi Que Je Veux – Gare A Toi… Gargantua ‎(7″, Single, Promo)   1968
  78. Chanson Indienne / La Fille D’Un Garçon ‎(7″, Jukebox, Promo)   1968
  79. Chanson Indienne ‎(7″, EP)   1968
  80. L’Orage (La Pioggia)  1969
  81. Ein Bißchen Goethe, Ein Bißchen Bonaparte / Des Rätsels Lösung  1969
  82. Baci, Baci, Baci  1969
  83. Homme Tout Petit  1969
  84. La Lluvia (En Español) San Remo 69  1969
  85. Ich Liebe Dich – So Wie Du Bist / Links Vom Rhein Und Rechts Vom Rhein  1969
  86. Homme Tout Petit / Les Gens Biens Élevés  1969
  87. La Pioggia 1969
  88. Les Annees Folles ‎(7″, Single)  1969
  89. Il Mio Amore E Una Ruota ‎(7″)  1969
  90. La Manille Et La Révolution ‎(7″, Single)   1969
  91. La Torpedo Bleue (Il Topolino Blu) ‎(7″, Single)  1969
  92. La Manille Et La Révolution ‎(7″, EP)  1969
  93. France Gall / Tina  – La Lluvia (La Pioggia) / La Hija Del Sol ‎(7″, EP, Promo)  1969
  94. France Gall / Tina  – Il Mio Amore È Una Ruota / In Cima Alla Montagna ‎(7″, Jukebox)   1969
  95. Homme Tout Petit ‎(7″)  1969
  96. Come Fantomas ‎(7″, Single) 1969

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