クロチルド(Clothilde)について【フランス】

Clothilde
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フランスの歌手「クロチルド(Clothilde)」の活動期間は短かったが、フランスガールズポップの玄人たちからは人気がある。

彼女はレコード会社「Vogue」からたった2枚だけEPを発売し、またイタリア市場向けに2曲、翻訳版を発売した。しかし自身の活動の方向性に落胆した彼女は、ポップス界のメリーゴーランドから降りることとなった。

クロチルド(Clothilde)の生い立ち

クロチルドは、1948年2月22日、本名エリザベス・ボベ(Élisabeth Beauvais)として生まれ、パリの郊外モンモランシー(Montmorency)で育つ。

父親は作家のロバート・ボベ(Gisèle Parry)で、母親は女優でテレビ司会者のジゼール・パリー(Gisèle Parry)である。母親を通して、幼いエリザベスはわずか8歳の時にファーストシングルを発売した。

19歳の時、母親がプロジェクトのために家に連れてきた、プロデューサーのジャーミナル・テナス(Germinal Tenas)と出会う。

彼は、アントワーヌ(Antoine)やグループ「レ・プロブレムス(Les Problèmes)」らのヒット曲の立役者である、クリスチャン・フェヒナー(Christian Fechner)の友人であり、このふたりはしばしば同一人物であると勘違いされる。

テナスはクロチルドを気に入り、彼女が渋ったにも関わらず、無理矢理彼女の面倒を見ることにした。彼女は女優になりたかったのだが、彼はレコード会社「Vogue」のオーディションをお膳立てし、自身がうろたえたことに、彼女はすぐに契約を結んだ。

催眠術師のように、テナスは彼女の外見を言葉に表し、クロチルドというステージネームを与えた。彼は彼女に、フランソワーズ・アルディ(Françoise Hardy)の反発因子のような役割を見出したのだ。

1967年

彼は、ポップスと変わった楽器とを混ぜ合わせて、バロックポップスを作り上げるのが好きだった。

このことは、彼女のファーストEP『Fallait pas écraser la queue du chat』で証明されている。

1967年に発売された4曲入りのこのEPには他に、“Je t’ai voulu et je t’ai bien eu”、“La chanson bête et méchante”、“Le boa”が収録されている。

テナスはこの4曲すべてを共同作曲し、クロチルドは発売のためにレコード解説を書いた。そこで彼女は、レコード会社は彼女がその年の最優秀新人賞を獲得すると思っている、と書いた。

謙虚さを示すために、「私は彼らを信じたいのだけど…」と付け加えているが。問題は、彼女はこれらの曲にも、彼らの皮肉を込めた歌詞にも、大して関心を払わなかったということだ。

このうち2曲がイタリア語に翻訳され、“Fallait pas écraser la queue du chat”が“Ora so cos’è”、“La chanson bête et méchante”が“Qualcosa che non va”として発売された。

しかし、その年の後半に発売されたフランスでの2枚目のEPが、彼女にとっての最後の作品となる。

再び力強い作品で、リードトラックは“Saperlipopette (bleuet et chiendent)”、他に“La ballade au bossu”、“102, 103”、“La verité, toute la verité”が収録されている。

クロチルドは“La ballade au bossu”を含む2曲を共同作曲しているが、この曲は下品な意味にも取ることができるので、眉をひそめられることになった。

「Si j’avais su qu’un bossu serait le symbolique apport de mon corps(もし猫背が私の体を象徴する部分だと知っていたなら)」と歌っているのだが、2音節の「bossu」という単語に少し間を置いているので、「Si j’avais su qu’un beau sucerait le symbolique apport de mon corps(もしハンサムな男性が私の体を象徴する部分を舐めてくれると知っていたなら)」と聴こえてしまうのだ。

この歌詞の賢さと図々しさは、セルジュ・ゲンスブール(Serge Gainsbourg)の作品との引き合いに出された。

テレビ出演や、『Salut les copains』といった雑誌に特集されたことで、彼女の知名度は上がった。

レコード会社としては、彼女にスタジオへ戻りさらにレコーディングをして欲しかったのだが、彼女はこのビジネスにうんざりしてしまい、誘いを断った。

1980年代、その後…

代わりに彼女は学校へ戻って筆跡学を学び、母親となった。

1980年代に短い間スタジオへ戻ってレコーディングを行うが、これらの作品はリリースされないままとなっている。

出典:Ready Steady Girls

クロチルド(Clothilde)について【フランス】の口コミ

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クロチルド(Clothilde)について【フランス】のディスコグラフィ

クロチルド(Clothilde)のシングル(EP)

クロチルド(Clothilde)のシングル(EP)
  1. Fallait Pas Écraser La Queue Du Chat 1967
  2. Saperlipopette ‎(7″, Single)  1967
  3. Saperlipopette ‎(7″, EP)  1967
  4. Fallait Pas Écraser La Queue Du Chat ‎(7″, EP)  1967

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