Marie Rottrová – あなたと私だけ(Jen ty a já)

Marie Rottrová - Jen Ty A Já
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ビッグヒットとなり、大成功し、プラチナデスク賞まで受けた前作アルバム『ご多幸を祈ります(Všechno nejlepší)』の後、去年の秋、マリエ・ロトロヴァー(Mare Rottrová)のコンピレーションアルバム『あなたと私だけ(Jen ty a já)』がスプラフォン社から発売された。

タイトルからも分かるように、このアルバムには、デュエット曲が収録されている。素晴らしい歌手である彼女の、35年ものキャリアの中で、歌ってきた曲たちだ。

マリエ・ロトロヴァーは、これまで大体60曲、40人くらいの相手、それは歌手だけでなく、俳優仲間や女優ともデュエットしてきた。これだけのデュエット曲を入れようと思うと、CD2枚組にはなる。

最終的には19曲に絞られ、今回の選曲は、彼女自身が、製作責任者で、自分の息子であるヴィート・ロテル(Vít Rotter)の助けを借りて作業がおこなわれた。

彼女の長い歌手生活で、パートナーとして一緒にやってきたグループ「フラミンゴ(Flamingo)」後に Plameňáci(チェコ語で、意味は同じくフラミンゴ)のペトル・ニェメツ(Petr Němec)と、一番多くのデュエット、13曲を録音。

その中の6曲が、このアルバムにおさめれている。 彼らの声は、チェコスロヴァキアのポップミュージック界において、最高に素晴らしく、オリジナルで、美しいハーモニーを作り上げた。

残念なのは、ペトル・ニェメツが、歌手としてあまり評価されていないこと。

アルバムは、1978年の①“隣人が上から叩くように(Ať soused shůry bouchá)” でスタートする。

その時代は、もしかしたら、ヘレナ・ヴォンドラーチコヴァー(Helena Vondráčková)の“君は歩き、私は浮かぶ(Ty jdeš a já se vznáším)”の方に、人気が集まっていた時期だった。

マリエ・ロトロヴァーが信頼をおく作詞家、イジナ・フィケイゾヴァー(Jiřina Fikejzová)が、1974年のロニエ・シャノン(Ronnie Shannon)の曲を訳して、④“奇妙な恋(Jaká zvláštní láska)”が製作された。

一番最近で新しい曲なのが、P.ニェメツとのデュエット⑥“朝のあり方(Ráno, jak má být, )”で、1992年のアルバム『暫くは私の為に、そして暫くは自分の為に(Chvíli můj a chvíli svůj)』に収録されていた曲。

ソウルミュージックとしては、ヤロスラフ・ウィクレント(Jaroslav Wykrent)によってチェコ語の歌詞が付けられた曲⑨“眼(Oči)”も入っている。

この曲は、1971年、ロトロヴァーとニェメツが、レコード会社Stax Records=これはBooker T. & The MG´s.の下にあった会社だったが、そこで作った曲だ。

ペトル・ニェメツは、フラミンゴを終える1980年頃、ロトロヴァーと、セイヤー(Sayer)の“I Can´t Stop Loving You”を、ミハル・プルゼビンダ(Michal Przebinda)がチェコ語の歌詞を付けた⑫“朝の別れ(Ranní loučení)”としてカバーした。

この曲は、当時大ヒットし、かなりラジオ局でオンエアされた。しかし、驚くことに、曲が出来てから25年経ってやっと、CD化されたのだ。

その曲の美しさは、まった衰えていない。私は、彼女の全デュエット曲の中で、一番良い曲だと思う。ペトル・ニェメツとの一番古いデュエット曲、1969年の⑯“知っている番号に電話をかけろ(Volej známý číslo)”も、このアルバムに入っている。

また、マリエ・ロトロヴァーは、カレル・ゴット(Karlem Gott)とのデュエットを2曲アルバムに収録している。

デュエット1曲目は、1970年のソウルミュージック⑦“たった一週間(Mít pouhej tejden)”で、 元は“Good Morning, Freedom”という「Shocking Blue」の曲で、パベル・ヴルバ(Pavel Vrba)が、チェコ語の歌詞を付けた。

2曲目は、16年若い曲でフランチシェク・ホルキー(František Horký)とパベル・ヴルバの作曲家ペアの作った⑧“一度に(Najednou)”である。

そして、パベル・ボベク(Pavel Bobek)との共同作品はアルバムに2曲入っている。メガヒット曲の ⑬“その馬鹿とは何も始めるな(S tím bláznem si nic nezačínej)”は1986年の曲で、キム・カルネス(Kim Carnes)の曲を、ヴラジミール・ポシュトゥレク(Vladimír Poštulka)がチェコ語にした。そして1993年の⑱“私を一番よく知っている(Znáš mě nejlíp)”。

次なる歌手仲間は、ロトロヴァーが歌手キャリアで何度かデュエットをしたカレル・チェルノフ(Karel Černoch)。

このアルバムには、1980年の⑪“いくつかの言葉、いくつかの歩み、いくつかのゲスト(Pár slov, pár kroků, pár gest )”とミハエル・ジャントフスキー(Michael Žantovský)の柔らかい雰囲気で繊細なチェコ語の歌詞が付けられた⑲“馬鹿だって希望はある(I blázen snad touží)”(1987)のラストソングで、アルバムは終わる。

また、⑩“向いの窓(Okno naproti)”は、ラデク・パストルニャーク(Radek Pastrňák)とのデュエットで、ファンキーなアレンジがされており、1989年のアルバム『信頼(Důvěrnosti)』収録されていたナンバー。

このアルバムは、ブラジミール・フィガル(Vladimír Figar)の死と、彼女がフラミンゴから去ったことが理由で、フラミンゴとの最後の共同作品となった。

そして、スウィングミュージックをデュエットする事で、マリエ・ロトロヴァーは、1987年イジー・コルン(Jiří Korn)と出会う。

ブロードウェイミュージカルがテーマのevergreen Babyの“It´s Cold Outside”は、ズデニェク・ボロヴェツ(Zdeňek Borovec)の詩的な歌詞が付けられ、⑮“外は雨と霜(Venku je déšť a mráz)” という曲になった。

この曲は、当時人気のあった娯楽番組『もしかしたら、魔法使いも来るかもしれない(Možná přijde i kouzelník)』のために作られたナンバーだ。

残りのデュエット曲も、多くが娯楽番組からヒットが生まれた。『ボレク・ポリーフカのサーカス(Manéž Bolka Polívky)』からは、③“ピエロとの会話(Dialog s klaunem)” (1988)、そして、『塔の下の劇場(Divadélko pod věží)』からは、ヴィクトル・プレイス(Viktor Preiss)とのデュエット⑭“静かに歌う(Tiše zpívám)”(1987)がリリースされた。

ほかに成功したと言えるペアは、1971年に⑰“いまいましいコウノトリ(Zatracenej čáp)”を歌ったパベル・ランドフスキー(Pavel Landovský)で、『星への歌(Písničky pro Hvězdu)』という番組で出会った。

次なる俳優仲間としては、ヨゼフ・ドボジャーク(Josef Dvořák)が上げられるが、マリエ・ロトロヴァーとは、イバン・ムラデク(Ivan Mládek)の曲を録音中に出会い②“Caciby”をデュエットした。1987年、ヴィートコヴィツケー スポーツホール(vítkovické sportovní haly)での 『ガラの劇場(Divadélko v gala)』に収録。

そして、忘れてはならないのが、大ヒット曲、⑤“幸せの鍵(Klíč pro štěstí)”で、このアルバムには欠かせない曲であり、元々は、1984年の春に、カルロヴィ・バリ(Karlovy Vary)でチェコスロヴァキア放送が録画した番組『ひとつの町からの2人(dva z jednoho města)』の為に準備された曲だった。

シャーリー・バッシー(Shirley Basey)とアラン・ドロン( Alain Delon)が、“Though I´d Ring You”で、歌手と俳優という組み合わせであったように、そのチェコヴァージョンとして、パベル・コプタ(Pavel Kopta)は、マリエ・ロトロヴァーと朗読者のイジー・バルトシュカ(Jiří Bartoška)を引き合わせた。

最後のまとめにしたい。

喜んで言うが、今回のアルバム『あなたと私だけ(Jen ty a já)』は、彼女の初期の頃のソウルミュージック曲を入れる努力がなされている。

1969年のLPが、保存されているデュエット曲の中で一番古いはずだ。

また一方で、新しい曲も入れられるべきではあった。例えば、カレル・チェルノフ(Karel Černoch)との“5時のお茶( Čaje o páté)” (1995)やパベル・ボベク(Pavel Bobek)との“野生のバラ(Divoká růže)” (2000)は、今のところは、まだCDとして出されていない。

売り上げも、このデュエット曲を集めたアルバムは、発売から18か月経ってもランキングIFPIのアルバムトップ80 に入り続けたアルバム『ご多幸を祈ります(Všechno nejlepší)』に比べたら、あまり良くはなかった。

2枚組CDにするという案は、もしかしたら結構良い案だったかもしれない。

演出も良いし、売り上げも上がっただろうし、曲の重複も避けられたはずだ。(“幸せの鍵(Klíč pro štěstí)”や、“その馬鹿とは何も始めるな(S tím bláznem si nic nezačínej)”)残念なことに、アルバム『ご多幸を祈ります(Všechno nejlepší)』と同じく、ブックレットの出来が非常に悪い。

それ以外は言うことは無い。

マリエ・ロトロヴァーは、エレガントにソウルミュージックからスウィングミュージック、シャンソン、そしてカントリーミュージックまでを歌いあげているからだ。

デュエットで、マリエ・ロトロヴァーは見事に主役を演じ、その相手役は、彼女を上手くサポートしている。また逆に、これは言っておかなくてはいけないが、彼女はいつも相手とはっきり個性を分けており、それ故、質の高い曲ができあがるのだ。

長年のパートナーであるペトル・ニェメツ、素晴らしい共演者だったパベル・ボベク、カレル・チェルノフ、そしてカレル・ゴットとの、オリジナルでファンタスティックなミュージックでの繋がりが、このアルバムの中にはある。

これは、様々なテレビ番組を収録していく上で起こった、偶然で幸せな出会いから生じた結果なのだ。

出典:marierottrova.cz

【曲目】

  1. “隣人が上から叩くように(Ať soused shůry bouchá)”
  2. “Caciby”
  3. “ピエロとの対話(Dialog s klaunem)”
  4. “奇妙な恋(Jaká zvláštní láska)”
  5. “幸せの鍵(Klíč pro štěstí)”
  6. “朝のあり方(Ráno jak má být)”
  7. “たった一週間(Mít pouhej tejden)”
  8. “一度に(Najednou)”
  9. “眼(Oči)”
  10. “向いの窓(Okno naproti)”
  11. “いくつかの言葉、いくつかの歩み、いくつかのゲスト(Pár slov, pár kroků, pár gest )”
  12. “朝の別れ(Ranní loučení)”
  13. “その馬鹿とは何も始めるな(S tím bláznem si nic nezačínej )”
  14. “静かに歌う(Tiše zpívám )”
  15. “外は雨と霜(Venku je déšť a mráz )”
  16. “知っている番号に電話をかけろ(Volej známý číslo)”
  17. “いまいましいコウノトリ(Zatracenej čáp)”
  18. “私を一番よく知っている(Znáš mě nejlíp)”
  19. “馬鹿だって希望はある(I blázen snad touží)”

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