1969 Marta Kubišová – Songy a balady

1969 Marta Kubišová - Songy a balady
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私が8歳の時、マルタ・クビショバー(Marta Kubišová)がテレビで、メラントリヒのバルコーンに立って歌っている姿を、母親と一緒に見たのを覚えている。

母親は当時、マルタの歌を聴いてよく泣いていた。それで私は、鳥肌が立ったものだ。

この涙は、間違いなくもっと他の場所でも沢山流されていたはずだ。

伝説の曲⑤“マルタへの祈り(Modlitba pro Martu)”には、多くの感情が込められていたからだ。チェコの最も優れたアルバムの一つは、ただ美しい11曲の集まりではなかった。

私の考えでは、20年間に及んだ正常化の時代に、このLPを家に持っていたということは、政府に対して市民の姿勢を示していたという事だと思う。

多かれ少なかれ、このLPに入っている全ての曲は、1968年の夏に起きた事件についての曲だ。きっと、マルタ以外の誰も、自分のレパートリーとして、国民の気持ちを自然に歌うことは出来なかっただろう。

彼女の誠意と確信が、これらの曲を他の誰かに渡させようとしなかったに違いない。

『Songy A Balady(歌とバラード)』は、彼女が活躍した期間で、60年代終わりに出た、唯一のアルバムだ。

信じられないのは、“マルタへの祈り”が軍の侵攻に対抗する国民の考えだと言われた後に、このアルバムが出たことだ。

この伝説の11曲は、1968年の終わりに録音され、それは、マルタがゴールデン・キッズ(Golden Kids)のメンバーとして活動し始め、『Music box. no 1』を作り始めた頃でもある。

全ての曲が、ゴールデン・キッズと同じ著者や演奏者、オーケストラでアンサンブルされている。

ディスク(LP)を出版する前に、歌が電波に乗せられることは、稀な時代であった。社会主義時代、デスク出版を独占していたスプラフォン社は、いくつかの理由でそうしていた。

正常化時代は、まだ生まれたての赤ちゃんの様な物であったし、国営企業ではあったものの、その100パーセント保障できるマルタの人気に、販売を期待した。

彼女が不死身であることは、美しい言葉でアレンジされたテレビバージョンの“マルタへの祈り”が1968年終わりに唯一出されたシングルであることが証明している。

※このバージョンは、元々、ルドルフⅢへの歌(Píseň pro Rudolfa III)というテレビシリーズで使われていた曲で、アルバム『祈り』のコンパイルだ。

今考えると、当時の一方的な政治は、とても興味深いものだ。今はもう存在しない形の市場だが、当時、最高の売り上げを上げていたのだ。

LPレコードは、多くのアーチストを成功させ、有名にした。でも、『Songy A Balady』では違った。

スプラフォン社は、このアルバムの発売を、1969年、すなわち、あのワルシャワ条約で決められた8月の軍侵攻、それが起きてから丁度一年経つころ、そのほんの少しだけ前に、発売したのだ。

出版は直ぐに中止され、事実上の販売中止になった。

1969年の後半には、スプラフォン社は少なくとも、その中の大半の曲をシングルにして出した。“マルタへの祈り”と⑨“いいえ(Ne)”は、アルバムの中で一番強いプロテストソングと言える。最初の再発行となる1970年には、この2曲は削除されていたが、これは、マルタの次なる芸術家としての運命を予兆していた。

(2曲は、“長い意地の悪い断食(Zlý dlouhý půst)”と“誰があなたの相談に乗るだろう(Kdo ti radu dá)”に代わっていた)

2回目の再発売には、20年かかった。

一つ一つの曲について言うと、多くの人に歌われてヒットしていた最初の2曲、①“ヘイ ジュード(Hej Jude)”よりも②“流れ(Proudy)”の方が、私は若干好きである。

この曲は、元はアレサ・フランクリン(Aretha Franklin)の曲であり、ゴールデン キッズの最初のアルバムの後に出た曲である。

“おいで、世界に出よう(Dej se k nám a projdem svět)”と同様、 魔法のような聖歌隊の子供の声が入った⑧“ママ(Mama)”や、人々の鳴らした鐘についての歌⑦“リング・オー・ディング(Ring-o-ding)”は、60年代のチェコ歌のショーケースと言える。

マルタ・クビショバーは、思いが強く込められた歌詞を選んだ。

そこには言うまでもなく、68年の8月以降続く抵抗の苦しみ、そして希望(愛)も綴られていた。

チェコの作詞家エリート達は、彼女に、こんなにも強い言葉を口にする事を託した。それは、彼女以外の誰にも、この言葉の意味を本当に解釈して歌える勇気を持った人はいなかったからだ。

私にとっては、1969年に発表された『Songy A Balady(歌とバラード)』は、おそらく今までで一番のアルバムだ。

それは、音楽の面だけでなく、彼女の第二の人生、「独立と民主化のシンボルとして生きる運命」を予測させるメッセージが込められていたからである。

出典:cabik

【曲目】

1 Hej, Jude
2 Proudy
3 Dobrodružství S Bohem Panem
4 Tak Dej Se K Nám A Projdem Svět
5 Modlitba Pro Martu
6 Magdalena
7 Ring-O-Ding
8 Mama
9 Ne
10 Balada O Kornetovi A Dívce
11 Všechny Bolesti Utiší Láska

CD Bonus
12 Modlitba Pro Martu (Srpen 1968)

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