1972 ペスカド・ラビオソ(Pescado Rabioso) – Destormentandonos

1972 Pescado Rabioso - Destormentandonos

メンバー

Luis Alberto Spinetta:  ギター・ボーカル
“Bocon” Frascino:  ベース・リードギター
“Black” Amaya:  Parches 3000
Carlos Cutaia:  オルガン

皆さんからのペスカド・ラビオソ(Pescado Rabioso)情報

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1972 ペスカド・ラビオソ(Pescado Rabioso) – Destormentandonos SKU UPC Model
ズバババッババと鳴り響く大音量のブルースロックです!
さん助さん 

43歳  |  
奈良県  |  
会社員  |  
2017/4/28
5

ズバババッババと鳴り響く
大音量のブルースロックです!

聴いたきっかけ:アルゼンチンロックのアルメンドラが好きなので
5.0 5.0 1 1 ズバババッババと鳴り響く大音量のブルースロックです! 1972 ペスカド・ラビオソ(Pescado Rabioso) – Destormentandonos

ペスカド・ラビオソ(Pescado Rabioso)の他のアルバム

1972 ペスカド・ラビオソ(Pescado Rabioso) – Destormentandonos について

このアルバムは、アルゼンチンロックの中でも、とても愛おしいクラシックの中のクラシックだ。

アルメンドラ(Almendra)の解散の後、スピネッタ(Spinetta)は、1971年のほとんどを長期のヨーロッパ旅行に費やし、エレキギターのブラック・アマーヤ(Black Amaya)、後にダビッド・レボーン(David Lebon)にとって代わることになるオズバルド”Bichi”フラスシーノと共に、帰国後トリオ「ペスカド・ラビオソ(Pescado Rabioso)」を結成する。

この結成によって、彼らは1972年5月にデビューをする。

その少し後、『Desatormentandonos』の録音のあいだに、キーボードのカルロス・クナイアが加わった。

1972年、アルゼンチンは政治的に狂乱の時代にあった。

自ら”アルゼンチンの革命“と名乗った軍事独裁政権が、1969年のel Cordobazo以降民衆と若者たちによる大規模な暴動と、ゲリラグループの結成により後退していた。

ペロ二ズムの禁止を解禁し、1955年に敗れた前大統領フアン・ドミンゴ・ペロンのアルゼンチン国内への定住を許し、ペロニズム政権が圧勝することになる1973年の民主主義選挙の呼びかけをせざるを得なかった。

『Desatormentandonos』はハードロックが世界的に始まったばかりの時期ではあるが、抒情的で、合唱曲であるフラグメントを強烈に歪曲したエレキギターでアルター化したブルース、サイケデリック、そしてハードロックのアルバムである。

スピネッタは、彼の旅先フランス、アルゼンチンの歴史的瞬間、そして彼の若さからきている反抗精神と、パラノアメンタリティーをそのレコードに与えた。

アルバムの表紙はルイスの兄弟グスターボ・スピネッタ(Gustavo Spinetta)とホルヘ・ゴンサーロによるイラストだった。赤と青を主調とした配色と絶大なビジュアルインパクトが表紙の前面を占める抽象画である。

引用元:naveargenta.blogspot.jp

曲目

01- Tren De Ratones
02- Mira Por Mí
03- Señor Dolor
04- Los Pañuelos
05- Haz De Luz
06- Ciudad De Los Muertos
07- Montevideo
08- Adivina
09- Nunca Pude
10- Tu Nombre Y La Calle
11- Rimándote Con La I
12- La Fuga De La Carbonería
13- Graf Spee – Bonus Track (Simple-1970)

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