1969 ステッペンウルフ(Steppenwolf)- Steppenwolf

1969 ステッペンウルフ(Steppenwolf)- Steppenwolf

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1967年秋、レコーディングとオーヴァ ダビングに3日、ミックスに1日という手際 よさで完了し、1968年1月にリリースされた ファースト・アルバム。

プロデュースはゲイ ブリエル・メクラー。本作に先がけて67年 末にシングル回「あの娘のおもかげ」を発売、 続いて68年2月に国「スキ・スキ・ス-」が カットされるが、ここまではシングル・ヒッ トに至らず。

しかし6月に発売されたシング ル3枚目「ワイルドでいこう !」でブレイクし、8月に2位に達し、9月にかけてトップ10 内にとどまるヒットとなった。アルバムは3 月から87週にわたってチャートインする口 ング・セラー。

最高位6位を記録した。メン バーを改めて記しておくと、ジョン・ケイ (リード・ヴォーカル、ギター)、マイケル・ モナーク(リード・ギター)、ゴールディ ・ マックジョン(オルガン、ピアノ)、ラシュト ン・モアヴィ(ベース)、ジェリー・エドモン トン(ドラムス)の5人である。

(引用元:ライナーノーツ)

レコーディングクレジット

Steppenwolfメンバー

  • John Kay – lead vocals, guitars, harmonica
  • Michael Monarch – guitars, backing vocals
  • Goldy McJohn – Hammond organ, piano, Wurlitzer electric piano
  • Rushton Moreve – bass guitar, backing vocals
  • Jerry Edmonton – drums, backing vocals, percussion

技術者

  • Gabriel Mekler – producer
  • Bill Cooper – engineer
  • Richard Podolor – engineer
  • Gary Burden – art direction, cover design
  • Tom Gundelfinger – photography
  • Henry Diltz – photography

スター歌手やスーパー・ギタリストを擁し ていたわけではないが、無頼で、荒くれてい て、決定的に痛快なバンドだった。

かつての ロックンロールが“ロック”に進化していくの なら、「オレたちこそ口ックと呼んでくれ」 とでも言いたげな、パーフェクトなロック。 アメリカン・ハード・ロックの元祖と言うべ き存在であり、そして歌詞に“重金属の雷鳴. (heavy metal thunder-モーターバイクの爆 音を譬えている)とあることから、ヘヴィ . メタルの概念を最も早く表明したバンドとし ても語り継がれるステッペンウルフ、および 彼らのファースト・ヒット「ワイルドでいこ う!」である。

数あるロック・クラシックス のなかでも、間違いなく五指に入るオールタ イムな名曲だ。

“サマー・オブ・ラヴ”と呼ば れる愛と平和の気風が世界に向けて発信され た67年に結成。

翌68年の夏、全米2位にラン クされるヒット「ワイルドでいこう!」を放つ たステッペンウルフは、まさしくロックの “ワイルド・サイド”を象徴するバンドだった。

アメリカン・ハード・ロックと紹介したが ステッペンウルフのオリジナル・メンバー5人のうち、3人はカナディアンだ。ヴォーカ ル兼リズム・ギターの看板男、ジョン・ケイ から話を始めると、彼は1944年、ヨアヒム・ フリッツ・クラウレダットとして東ドイツの ティルシット(現ロシア)に生まれている。

や がて母親は幼い子を連れて西ドイツのハノ ヴァーへと越境。

そこで駐留英国軍のラジオ 局から流れるロックンロ-ルに夢中になりな がら育った 58年に母子は移民としてカナ ダのトロントに移住、さらにニューヨーク州 バッファロー、カリフォルニアのロサンゼル スへと引っ越す。

この間、ケイはカントリ R&B、ゴスペル、ブルース、フォークなど ロックンロールを手がかりにアメリカ音楽の ディープ・サイドを探求した。

トルバドール はじめ、LAのさまざまなフォーク・クラブに 出入りしたのち、グリニッチ・ヴィレッジを 経由して65年、トロントに戻る。

トロントでしばらくブルースの弾き語りを していたケイだが、間もなくリード・シン ガーが抜けたザ・スパロウズ(カナダではシ ングルやアルバムを出していた)に迎えられ る。

彼らはギタリストのデニス・エドモント ン(のちにマーズ・ボンファイアの名で「ワイルドでいこう!」などを作曲)と弟のドラ マー、ジェリー・エドモントンが結成したバ ンドで、ケイの参加に次いで他のメンバーも 新ベースにはリック・ジェイムスが結成 していたマイナー・バーズ(Mynah Birds)か らニック・セント・ニコラス(彼もケイと同 じドイツ出身)、同じくマイナー・バーズ出 身のキーボード奏者、ゴールディ ・マック ジョンも参加した。

ちなみに、スパロウズの ベーシスト、ブルース・パーマーはマイナ バーズに移り、パーマーの紹介によって二 ル・ヤングが加入。

さらにヤングとパーマー はバッファロー・スプリングフィールドへと 至るわけだ。

ケイをフロントに立てたスパロウズは、バ ンド名を“ザ・スパロウ”、さらに”スパロウ” と短縮し、トロントとニューヨークを往復し ながら活動。

1969 ステッペンウルフ(Steppenwolf)- Steppenwolf

66年にコロムビア・レコード でレコーディングを行い、シングル計3枚を 発売したが不発だった(コロムビアでの録音 はのちの69年、『ジョン・ケイ&ザ・スパロ カとしてLP化されている)。

ニューヨークに見切りをつけたバンドは 66年秋には西海岸に向い、LA、次いでサイケデリア・シーンが勢いよく開花したサンフ ランシスコで活動。アヴァロンやフィルモア といったボールルーム・シーンに参入した。 しかし再びLAに戻るとバンドは分裂し、67 年、スパロウは解散。

デニス・エドモントン はソングライターの道を歩むことになり、マー ズ・ボンファイアと改名,ニック・セント・ ニコラスも別のバンドへと去っていった。

ジョン・ケイが、ダンヒル・レコードのス タッフ・プロデューサーだったゲイブリエ ル・メクラーと知り合ったのは、ちょうどそ のころ。

フォーク・ロックに代わるハード・ エッジなサウンドを求めていたメクラーは スパロウのテープを気に入ってケイにバンド 再編を促す。ジェリー・エドモントンとゴ ルディ ・マックジョンは問題なく応じ、ギ ターにはLA出身の若手マイケル・モナーク ベースにはこれもLAのラシュトン・モア ヴィ(本名のジョン・ラッセル・モーガンと 表記されることもある)という新ラインナッ プが揃う。

彼らはメクラーのアイデアで、 イツの文豪ヘルマン・ヘッセの作品「荒野の おおかみ」をそのまま援用し、ステッペンウ ルフと名乗った。

67年末にシングル「あの娘のおもかげ」で デビュー、翌年1月にはデビュー・アルバム 『ワイルドでいこう!ステッペンウルフ. ファースト ・アルバム』が登場。当初はヒッ トに至らずも、68年6月にリリースされた3 枚目のシングル「ワイルドでいこう!」で火 がつきトップ10入り。

シングルは最高位2位 に達するヒットを記録する。11月には入れ 替わるように「マジック・カーペット・ライ ド」が3位にランク、翌69年4月には「ロッ ク・ ミー」が10位とビッグ・ヒットを連発。

さらに8月に公開されたニュー・シネマの傑 作映画『イージー・ライダー』の冒頭では 彼らの「ワイルドでいこう !」と「ザ・プッ シャー」がインサートされ、とりわけ「ワイ ルドでいこう! 」は、ロック世代、対抗文化 世代、そして映画のイメージそのままに、バイカー達の自由を鼓舞する象徴的な作品とし て愛されていった。 ヒットを続けるなか、ベースのラシュトン. モアヴィが抜けてスパロウ時代のニック・セント・ニコラスが復帰したり、またギターの マイケル・モナークがラリー・バイロムに交 替するなど、メンバー・チェンジは絶えなかったが、ステッペンウルフは72年にいった ん解散するまで、ダンヒルから6枚のオリジ ナル・スタジオ・アルバムとライヴ盤2作を 発表した。

今回新規リマスターされ、紙ジャケットでリリースされたのは、それら全盛期 の8タイトルだ。

一貫してワイルドなエッジ を打ち出す一方、ポリティカルなメッセージ を込めた『モンスター』(69年)、ライヴ・バ ンドとしての魅力が極まった『ライヴ』(70 年)など、ステッペンウルフはまさにロック の黄金時代を疾走したバンドだった。

なお、ジョン・ケイは72年と73年に2枚の ソロ作を発表したあと、74年にステッペンウ ルフを再編して77年まで活動した。この間 CBS傘下のマムズとエピックで3枚のアルバ ムをリリース 80年代に三たびステッペン ウルフを立ち上げて以来、現在も活動中であ り、ディスコグラフィを更新しつつある。

かったが、ステッペンウルフは72年にいった ん解散するまで、ダンヒルから6枚のオリジナル・スタジオ・アルバムとライヴ盤2作を 発表した。今回新規リマスターされ、紙ジャ ケットでリリースされたのは、それら全盛期 の8タイトルだ。

一貫してワイルドなエッジ を打ち出す一方、ポリティカルなメッセージ を込めた『モンスター』(69年)、ライヴ・バ ンドとしての魅力が極まった『ライヴ』(70 年)など、ステッペンウルフはまさにロック の黄金時代を疾走したバンドだった。

なお、ジョン・ケイは72年と73年に2枚の ソロ作を発表したあと、74年にステッペンウ ルフを再編して77年まで活動した。この間 CBS傘下のマムズとエピックで3枚のアルバ ムをリリース 80年代に三たびステッペン ウルフを立ち上げて以来、現在も活動中であ り、ディスコグラフィを更新しつつある。

(引用元:ライナーノーツ)

1969 ステッペンウルフ(Steppenwolf)- Steppenwolf の曲目

曲目
  1. Sookie Sookie 3:09
  2. Everybody’s Next One 2:53
  3. Berry Rides Again 2:45
  4. Hootchie Kootchie Man 5:07
  5. Born To Be Wild 3:28
  6. Your Wall’s Too High 5:40
  7. Desperation 5:35
  8. The Pusher 5:43
  9. A Girl I Knew 2:38
  10. Take What You Need 3:28
  11. The Ostrich 5:43

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