1969 キリング・フロアー(Killing Floor)- Killing Floor

1969 キリング・フロアー(Killing Floor)- Killing Floor

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キリング・フロアー(Killing Floor)は、1968年に英国で結成されたブリティッシュ・ブルース・バンドである。

1972年に解散するまでに、2枚のアルバムと4枚のシングルを残している。

レコーディングクレジット

  • Mick Clarke (Lead guitar)
  • Bill Thorndycraft  (Vocals/harmonica) 
  • Stuart McDonald (Bass guitar)
  • Bazz Smith (Drums)
  • Lou Martin (Piano)

キリング・フロアー(Killing Floor)のバイオグラフィ

南ロンドン(South London)を拠点とするバンド、「キリング・フロアー(Killing Floor)」の主要メンバーは、ループ(Loop)というブルース・バンドで演奏しているときに知り合った。

1968年から1969年にかけてイギリスでブルース・ブームが起こっている間に、ミック・クラーク(Mick Clarke)=リード・ギタリスト とビル・ソーンディークラフト(Bill Thorndycraft)=ボーカリスト/ハーモニカ奏者 は、メロディー・メーカーのリストから有望なメンバーを探し出して「正統派ブルース」のグループをつくることを決めた。

加入したのはルー・マーティン(Lou Martin)=ピアノ、スチュアート・マクドナルド(Stuart MacDonald)=ベース、バズ・スミス(Bazz Smith)=ドラムだった。

ハウリン・ウルフ(の”Killing Floor”(ウルフのカヴァーはロバート・ジョンソン(Robert Johnson)の”The Lemon Song”の1バージョンだった)から名付けたそのバンドは、元レイディオ・キャロライン(Radio Caroline)のDJの面前でたった1度だけ演奏した。

そして、熱狂的ブルース・ファンのジョン・エドワード(John Edward)が彼らのマネジメントをオファーした。

エドワードとサザン・ミュージック(Southern Music)出版社とのコネクションにより、彼らはサザン・スパーク・レコード(Southern’s Spark Records)で歌えることになった。

1969 キリング・フロアー(Killing Floor)- Killing Floor

バンドはパイ・レコーディング・スタジオに登録され、エドワードは「プロデューサー」として名を連ね、彼らは12日の間にセルフタイトルのデビュー作をレコーディングした。
ウィリー・ディクソン(Willie Dixon)の”You Need Love”のカヴァーを除いては、この作品のほとんどの楽曲はシカゴ・ブルースの名作を再構成したものである。

新しいロンドンの子会社のサイアー(Sire)によって、「キリング・フロアー」はアメリカでのリリースに至った。その間に、エドワードはダンスタブル(Dunstable)のカリフォルニア・ボールルームでのこのバンドの演奏を押さえた。そこでは彼らは、テン・イヤーズ・アフター(Ten Years After)、ジェスロ・タル(Jethro Tull)、チキン・シャック(Chicken Shack)、そしてヘルド(Herd)をサポートした。

彼はまた、彼らがマーキー(Marquee)での演奏を手に入れるのにも助力した。マーキーは彼らがイエス(Yes)とニース(The Nice)をサポートした場所である。そして、このバンドは1969年にテキサスのブルース・マン、フレディ・キング(Freddy King)と共に周った2度のイギリス・ツアーで、評判をさらに高めた。

バンドは同時期のイギリスのラジオ・ロック・ショーにも出演し、イギリス中を何度もツアーで周った。『Killing Floor』をリリースした後、ルー・マーティンは去り、グループは4ピース・バンドとして活動を続け、少しのBBC・ラジオ・セッションを行った。

1970年から1971年にかけて、ラインナップの変更があった。この時グループにはレイ・オーウェン(Ray Owen)=元ジューシー・ルーシー(Juicy Lucy)のボーカリスト、ロッド・ダス(Rod D’Ath)=ドラマー、ミック・ホークスウォース(Mick Hawksworth)=ベーシスト、元ファジー・ダック(Fuzzy Duck)/アンドロメダ(Andromeda)/テン・イヤーズ・レイター(Ten Years Later) がいた。

「キリング・フロアー」の2枚目のアルバム『Out Of Uranus』は1971年にペニー・ファーシング・レコード(Penny Farthing Records)からリリースされた。この時はラリー・ペイジ(Larry Page)=プロデューサーでレーベルの大物、そしてトロッグス(The Troggs)のマネージャー がセッションを監督している。

1972年の中旬に「キリング・フロアー」は解散した。

キリング・フロアー(Killing Floor)のその後

ソーンディークラフトは音楽界を退き、バズ・スミスはジャズ・トリオで演奏を続けた。
マクドナルドは(ポール・ロジャース(Paul Rodgers=)元フリー(Free)のボーカリスト と共に)ピース(Peace)というバンドを結成し、その後、出身地のウェールズ(Wales)に戻ってローカル・バンドで演奏した。

前のピアノ奏者のマーティンは、ロリー・ギャラガー(Rory Gallagher)のバンドに加わり、チャック・ベリー(Chuck Berry)と共にツアーを周り、その後はブルース・アンド・トラブル(Blues ‘N’ Trouble)で演奏した。

ギタリストのミック・クラークは1974年に、「リトル」スティーヴィー・スミス(”Little” Stevie Smith)と共に、伝説のパブ・ロッカー、S.A.L.Tを結成した。
1983年に、彼にはたくさんのLPをリリースした自身のグループ、ミック・クラーク・バンド(Mick Clarke Band)があった。

この「キリング・フロアー」のアルバムは両方、レパートリー・レコード(Repertoire Records)とシー・フォー・マイルズ(See For Miles)から再出版した(ファースト・アルバムは『Rock The Blues』に改題された)。

2002年から2003年にかけて、このバンドの1968年のオリジナル・ラインナップは、アルバム『Zero Tolerance』のレコーディングのために再集結した。(30年以上の間で最初の新しい「キリング・フロアー」でのレコーディングである。)このアルバムは、2004年にアパローザ(Appaloosa)レーベルからリリースされた。

彼らはその後、ヨーロッパのコンサートに出演し、2011年には4作目のアルバムの制作を始めた。

1969 キリング・フロアー(Killing Floor)- Killing Floor の曲目

曲目

01. Woman You Need Love
02. Nobody By My Side
03. Come Home Baby
04. Bedtime Blues
05. Sunday Morning
06. Try To Understand
07. My Mind Can Ride Easy
08. Wet
09. Keep On Walking
10. Forget It
11. Lou’s Blues
12. People Change Your Mind

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