ヤルミラ・ヴェセラー(Jarmila Veselá)のディスコグラフィ【チェコソロバキアの女性歌手】

ヤルミラ・ヴェセラー(Jarmila Veselá)について【チェコソロバキア】

評価投稿数: 0
0

ヤルミラ・ヴェセラー(Jarmila Veselá)は、1933年1月2日生まれの歌手兼フルート演奏者。グスタフ・ブロム(Gustav Brom)のオーケストラに所属し、英語で歌を歌っていた“Good Bye Lollipops”が代表曲。

女優としては、1964年ヤルミラ・ヴェセラーがオルガ・スホベロヴァー(Olga Schoberová)に扮して“Arizona”を歌った、映画『レモナード ジョイ(Limonádový Joe)』や、

ユーゴスラヴィア‐チェコの音楽コメディー『スターは南に向かう(Hvězda jede na jih)』でユーゴスラヴィアの女優、ヨルダナ・ミレチツ(Jordana Miletić)の吹き替えとして、ヤルミラ・ヴェセラーが使われた。

他の吹き替え映画は、コメディー『雪男(Ledoví muži,)』、『お願い、起こさないで(Prosím nebudit)』、『6人の黒い女の子( Šest černých dívek)』。

映画デビューとなる『ジョージ・スカレナキス プラハのブルース(Georgise Skalenakise Pražské blues)』には異例に、彼女本人が出演していた。

1960~1970年代チェコソロバキアの女性歌手

1958年ヒットした“Good Bye Lollipops”について

「“Good Bye Lollipops”は、とても成功した曲で、みんなが聞きたがった。その曲には魅力があり、それは、今までの曲には無かったものだった。私たちは、どちらかというとスラブ語で歌う義務があり、英語で公に歌うことはなかった。そして、やっとレコードに、スラブ語以外で歌った曲を入れることが出来たの」と彼女は語る。

ヤルミラ・ヴェセラーは元々はフルート演奏者だ。どうして歌手になったのか?

「歌うことになったのは、コンサバトリーに通っていた頃に参加していた合唱団で編成があった時。

そこで、合唱団をみていたラデスラフ・コズデルカ(Ladislav Kozderka)が私に目を付けたの。

彼が私に、時々ソロを歌わせた。その後、ブルノ放送オーケストラと一緒に歌の仕事を始めたの。

既に、グスタフ・ブロム(Gustav Brom)が私に気が付いていて、彼のもとでは、私の旦那であるスタンダ・ヴェセリー(Standa Veselý)もトロンボーンを演奏していたのよ。」

1950年代にチェコソロバキアで初めて、カリプソを歌ったヤルミラ・ヴェセラー

「そう。ハリー・ベラフォント(Harry Belafont)の“太陽の輝く島( Sluneční ostrov)”のことね。私が長年レパートリーとして歌った、一番人気の歌の一つよ。

何処に行っても、みんな、この“太陽の輝く島”を聴きたがった。」

ヤルミラ・ヴェセラー(Jarmila Veselá)について【チェコソロバキア】の口コミ

情報を追加する


Submit your review
*必須項目です

ヤルミラ・ヴェセラー(Jarmila Veselá)のディスコグラフィ

ヤルミラ・ヴェセラー(Jarmila Veselá)のアルバム(LP)

ヤルミラ・ヴェセラー(Jarmila Veselá)のアルバム(LP)

『Sluneční Ostrov ‎(LP, Album) 』 1975

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。